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ondonpiのブログ

山と川の間に迷い込み、掘立小屋で自炊し、猫の額ほどの畑で自給し、大脳と小脳の世界に遊びます・・・

イモい東京、ナウい横浜!?

思ったこと
横浜は、「ナウい」というイメージがあります
対する東京は、「イモい」と感じます
隣同士にありながら、この差はどこから来るのでしょう
誰しも浮かぶ答えは「港」です
しかし開港した幕末、同時に開かれた港は、他に神戸・長崎・函館・新潟がありますが、横浜はやはり突出しています
その理由、長い沈黙の後、最近ようやく分りました
 

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これは現在の横浜の導水経路図ですが、ナウい横浜の理由を辿り辿って、辿り着いた私の結論です、何故でしょう?
 

 

答える前に、私が住むに横浜を選んだ理由、それを言わねばなりません
日本の、田舎の、農耕民族が作った社会、どんよりと曇った空のように、重く垂れ込め、真綿のように締めあげてきます
私はこれが嫌で、逃げました
地の果て遠く、ヨーロッパ迄逃げました
そこで発見したのは、個人主義に裏打ちされた自由の伝統でした
感動し、打ちのめされ、彼我の差に、病人のようになりました
そして日本に帰ってきた時、蘇るのは、真綿の息苦しさでした
そんな私が、唯一、無防備で居られる場所がありました
それが横浜だったのです
今の言葉で言えば、人を拒まず、進歩的・開明的で、新しい物に素直に順応する
私の心は喜びました、海綿が水に浸るように、溶けて拡散して行きました
嬉しかったのです、それが楽しくて、横浜に住んだのでした
 
さて、横浜の答えです
一言で言えば、開港当時100軒足らずの無人の地であり、伝統と歴史が皆無だったからです
そこにゼロから急激に、都市が盛り上がったからです
従って、因襲から完全にフリーな都市、これが実験室のように合成されたのです
アメリカに似ています、因襲のイギリス、脳天気でフレンドリーなアメリカです
こんな所は日本にはありません
他の神戸・長崎・函館・新潟は皆、それぞれの歴史と伝統があります
ゼロから出発しては、いないのです
 
しつこいですが、横浜はいかほど無人であったか?
古くはその南には、三浦一族と、頼朝の鎌倉幕府、西には、藤沢の大庭景親や小田原の後北条、横浜はスッポリ、抜けているのです
また、江戸末期に、生麦事件が起きました
同じく、戸塚には東海道の宿場も有りました
やはりその中間の横浜はスッポリ、抜けているのです
 
隣の江戸ですが、家康入府で驚天動地の変化が起きました
その江戸、当初は不毛の台地と、不毛の湿地だったのは、知る人ぞ知る所でしょう
為に、家来は皆々、怒り、恐れ、秀吉を憎んだのです
ただ、家康の先見性は、広大な関東の奥座敷に、エネルギーとしての森林と、大河の水資源に可能性を見ていました
即ち、利根川の東遷事業です
当時、利根川は荒川に合流し江戸を襲い、渡良瀬川は今の江戸川に流入し、為に江戸は水浸し、かろうじて鬼怒川が、銚子に流れていたのは、今と同じです
そこでこの三本の大河、利根川渡良瀬川、鬼怒川を一本にまとめ、東に逃がしたのです
神のなせる業、と云っていいでしょう
 
家康は、多摩川でも、隠れた奇跡を起こしています
これも不毛の大河、多摩川から水を分け、片側二ヶ領、両側で四ヶ領を生みました
左岸の二ヶ領、世田谷と六郷、右岸の二ヶ領、稲城と川崎、ここに、広大な水田が広がりました
 
その家康ですが、横浜に対しては、何もしてくれませんでした
それどころか反対に、幕末には、港を押し付けて来たのです
何故横浜か?、誰も住んでいないからです
あんな毛唐、それこそ皆々、毛嫌いするから、誰も居ない横浜なら、と
さてその横浜、何故長らく無人の荒野だったのでしょう?
横浜には川が無い、これに尽きます
水のない所に、百姓も、豪族も、権力も育ちません
 
急遽、天から降ってきた、貿易港・横浜
川がないから、港は埋まりませんでした、良い所はこれ一つ
初っ端から困ったのは、当然、水でした
飲水さえ無いのです
この水、横浜水道史に拠れば、最初は、上述の多摩川右岸の二ヶ領からの貰い水でした
しかしながら昔から、水貰いの屈辱、水争いの悲惨、歴史は繰り返しています
加えて、1886年コレラです、水にコレラが入ったのです
かくして横浜は、水の為なら、鬼になりました
何と、延々相模川から、具体的には道志川から取水したのです
その後も着々と、相模川城山ダム、酒匂川の三保ダム、相模川宮ヶ瀬ダムと、横浜は水の為なら、鬼になりました
歴史は何一つ無い横浜ですが、唯一の伝統が、水になりました
 
こだわらず、さやけく、めずらしく、あるがままに、うけいれる・・・
大和言葉で言えば、そのようになりましょうか?
今の言葉で言えば、ダサい東京、ナウい横浜は、ここから来るのです