ondonpiのブログ

山と川の間に迷い込み、掘立小屋で自炊し、猫の額ほどの畑で自給し、大脳と小脳の世界に遊びます・・・

野菜いためは弱火で、水島弘史氏

「野菜いためは弱火でつくりなさい」
その本の驚きのタイトル、強烈に惹かれて買った
食い入るように読み、試した
その結果は、長年の疑問や、自炊を始めてからの、料理のもやもやが晴れた
深い感動に浸っている

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 中島氏にはもう一つの著作、「家庭の煮物にダシはいりません」がある

実はこの二冊は姉妹編で、同じことを言っている、つまり「弱火でゆっくり熱する」と「出汁、即ち旨味、即ち甘味」が出るよ、と言っている
 
 別の言い方をしよう
理研究科のレシピを、その通りやったとしよう
それらはその方法も、その調味料も微妙に違う
うまいのもあれば、まずいのもある
困るのは、ある方法がうまかったとしても、何故それがうまいか、ほかのが何故まずいか、分からない事だ
それが分からなければ、当然応用できず、自分の考え、自分の足で歩けない
料理とは何か、うまいとは何か、それが分からない
中島氏の本には、それが書いてあった
 
最初は、地鶏胸肉のチキンソテー
肉に塩とオイルを塗り、冷たいフライパンから弱火で炒め、最初に出る汁はエグミだから拭き取る、と
まずくパサパサの胸肉が、美味、美味、美味の大感動
普通の料理本では、鉄フライパン、強火、油の順だ
これでうま味を閉じ込める、とある
ところがこの方法、閉じ込められるのはうま味ではなく、エグミと苦味だ、食べれば分かる
 
野菜炒めは、もっと驚く
肉は上の方法で作り、取り置く
そのフライパンを拭き取り、水で底を冷やす
そのパンに、切った野菜を置き、上からオイルをたらし、和える
常識が崩壊する、一瞬だ
これを弱火で炒めて行き、肉を戻し、酒、塩と味付けして行く
食べてみるといい、口、喉、胃袋がびっくりする
 
先に進む前に、答えを言った方が混乱しない
先ず火力だが、最初に中火を定義する
つまり炎の先が鍋底に接する、これを中火とする
それより大きく鍋を包み上げるのが強火だが、この炎は料理では使わない
弱火は炎の先が鍋底から、1~2cm離れている状態とする
私はこれに、「とろ火」「蛍火」を加えたい
とろ火は弱火より小さい物で、中島氏は弱い弱火といっている
弱い弱火と言葉を重ねるのは恥ずかしいので、私はとろ火と名付ける
蛍火は、鍋の温度を保つだけで、温度を上げも下げもしない、極弱火だ
一度湯を沸かし、どれ程の炎が温度を保つのか、温度計で実験し、蛍火を体験しておくといいと思う
 
そしておいしい料理の、基本、鉄則、究極、それは40~60℃にある
肉や野菜の具材はこの温度でこそ、うま味が出てくる
だから料理をおいしくするには、この温度帯を弱火で、ゆっくり通過させればいい、と言う事になる
 
上の鶏胸肉も、野菜炒めも、弱火でうま味の温度帯をゆっくり通過しているのが分かる
氏は更に言う、土鍋や鉄フライパンがおいしいのは、これらは熱容量が大きいので温まるのに時間がかかり、うま味の温度帯をゆっくり通過するからだ、と
私はきんぴらごぼうとチャーハンで、これを実感した
コーティングしたアルミフライパンと、南部鉄フライパン、まるで味が違っていて、何が起きたのかとびっくりした
 
中島氏は言う、逆に弱火でゆっくり加熱すれば、土鍋や鉄フライパンは不要だ、と
私はこれを実験した
おいしい、おいしい、ポトフ」では、そのスープを鶏がら、正確には前日に塩処理した手羽元を、アルミ鍋だったが弱火以下のとろ火で温めた
涙が出るほどおいしかった、今迄は何度も失敗し、大量の残りに涙が出ていたから
先の二例は炒め物だったが、これは手羽元を煮ると言う方法での、うま味の温度帯をゆっくり通過する例になる
 
おいしい、おでん」も同じだ
手羽元から取ったスープは、料理屋のおでんに決して引けを取らなかった
ただ煮物には、おいしさを律するもう一つのルールがある
おいしいスープだからと言って、おでんの具もおいしいとは限らない
具に味が染みているか、これも大事だ
中島氏は言う、肉や野菜にはその細胞膜があり、これがある為に味はその中に入っていけない、だからその細胞膜を壊さなければいけない、と
輪切りにした大根を下茹でしたり、あらかじめじゃが芋を蒸すなどするのは、細胞膜を壊す過程なのだ、と言う
しかる後、これらをスープに入れて行く
ここで思い当たる事がある、煮物は最初うまくない、煮返してうまくなる、と言う
これは、最初は細胞膜が壊れていなので、煮ても味が染み込まないのでまずい
そして煮上がった後で細胞膜が壊れ、二度目に煮た時に味が染みておいしくなる、これが理由だ
私はそれから、一回目のおいしさを追求するようになった
二度目でおいしくなっても、それは失敗作なのだ
煮返せば煮返すほど、味はだれて来る
 
中島氏はブイヤベースでも、下ごしらえを重視する
魚介類は皆々上述の方法で、一旦焼き上げ炒め上げておく
これは炒めて細胞膜を壊しているのだ
よく言う焼き味を付ける、と言のはこれに当たる
同じ煮物でもその具を、茹でて細胞膜を壊すか、炒めて細胞膜を壊すか、と言う違いだ
 
ちなみにその魚焼きは、フライパンでOKと
実はこの事は私も、既に発見し普通に行っていたから、深く納得する
ただ氏は、この方法は生臭さを除くものでは無い、と断っている
たまたまだが私は、臭みを取る方法は知っていた、十秒ルールだ
さばいた魚の臭味は、流水に十秒さらせば消える
 
この流れ、うま味と細胞膜の流れで、もう一つ付け足したい鍋がある
私の味噌汁、具沢山の味噌汁だ
冷たい鍋底に、櫛形の玉葱をばら撒き、これにオリーブオイルを掛けて和え、とろ火で温め始める
その間に大根を拍子木切りし、人参、じゃが芋等を切って順次追加していく
完全な炒め蒸し状態にして細胞膜を壊してから、水を加えて弱火ととろ火で温め、ワカメや厚揚げを加え、これまたうま味の温度帯をゆっくり通過する
味見してみるといい、味噌を入れる前、顆粒出汁は勿論、昆布も鰹も無いのに、そのつゆ、なんておいしいんだろ、なんて幸せなんだろ、と思う
ちなみにうま味の温度帯は、最初温度計で体験しておくといい
或いは熱い風呂と同じだから、3秒なら指が入る程度だ
または丁度この温度帯からアクが浮くから、それで分かる、勿論すくい取る
 
話は少しそれるが、これらの汁の余りのうまさと幸せ感、私は不思議に思った、なんでこんなにうまいんだろ、と
多分だが、これが人類の歴史、人類が何を食べて来たか、その50万年の積み重ねではないか、そんな気がしてならない
 
最後にこの水島氏、フランス仕込みのシェフだ
そのフレンチは、フルコース、上品、お洒落と敷居が高い
且つ銅鍋など、低温料理のイメージが強い
水島氏のお陰で、フレンチの原理と認識がガラリと変わった
そのフレンチは、イタリアのメディチ家が発祥とか
ローマ文化とその真髄の継承者、と言うのが真意だろう
 
日本は出汁の文化と自慢しているが、肉や野菜から出汁を取るのは、フランス料理の方が上を行っている
本来の肉や野菜からの出汁を忘れ、昆布出汁や鰹出汁ありきと言うのでは本末転倒と言える
昆布出汁や鰹出汁は、蕎麦つゆやうどんのつゆなど、もはや出汁の出ない麺の具材の救済方法ではないだろうか
蛇足だが、醗酵料理を自慢するのもやめた方がいい
バターやチーズ、これも美味しいですから
 
あ、もう一つ、強火の弁護
強火ですぐ思い浮かぶのは、中華料理
これ実は中華鍋の、丸底構造に秘密がある
つまり底と横からの輻射熱で、中華鍋の内側はオーブンになっている、と言う事です
つまりあれはフライパン料理ではなく、オーブン料理だと言う事です