ondonpiのブログ

山と川の間に迷い込み、掘立小屋で自炊し、猫の額ほどの畑で自給し、大脳と小脳の世界に遊びます・・・

近江商人

以下を以前のブログ、「消された縄文、丹後王国」に加えたいと思います
 
[エピローグ]
近江商人の三方良し、という言葉があります
売り手良し、買い手良し、世間良しです
その高い倫理観に頭が下がり、この気風は如何にして生まれたのか、不思議です

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 次にこの気風は、いつ生まれたのでしょうか

秀吉ですが、近江を任され現地採用した家臣は皆々、経理の才が立ったといいます
四国遠征、九州遠征、関東遠征など、その大軍を動かし、兵站を維持出来たのは、彼らの力量に依るものです
秀吉は商人を選んで、家来にしたのではありません
つまり近江は商人だけでなく、その素養は広範に、一般に浸透していたという事です
これが、第二の不思議です
 
近江一円の才となると、一朝一夕に形成されるものではありません
歴史が、しかも数世紀に及ぶ経済のうねりのような時代の裏付けが必要になります
それは、いつの時代でしょう
戦国時代は戦に明け暮れ、商いには逆風です
と言うか、高い倫理性とは相容れません
平安時代律令と言われますが、これは人を土地に縛る農奴化の事です
これが近江の、三つ目の不思議です
 
最後の四つ目の不思議、何故近江か、という疑問があります
これには答えが用意されています
交通の要衝、と
確かに琵琶湖の水運が、畿内尾張、越への通商の要となっています
ただこれは、立って見た地平の手前の景色を、形容しただけの答えです
その時目に入った景色を、叙述しただけのもので、取材、調査、思考の跡は、感じません
この理屈なら、日本は近江だらけになります
 
これらの答えは全部、「一言」で解決するのではないでしょうか
「丹後王国」です
丹後王国は、東は五十五カ国、西は六十六カ国、北は九十五カ国を束ね、鉄と富と分け与え、土地を拓いたのです
 
海岸線は勿論、河川をさかのぼりました
但馬の出石から大屋川円山川揖保川を経て、播磨、淡路島、河内を繋ぎます
越の気比神宮から、琵琶湖、淀川、河内、大和、尾張に達します
(尾張海部は音で読んでかいふですが、丹後籠神社の海部は訓で読んであまべです
尾張も丹後王国が拓いたのです)
新潟から信濃川をさかのぼり、安曇野を拓き諏訪に達します
(諏訪大社建御名方神の、終の住処です)
神話で確認できるのはこれだけですが、東北の河川でも、同じ事が起きていた筈です
 
次の証拠は、これらの地にびっしりと貼り付いた、丹後神社です
と言うとびっくりなさるでしょう
びっしり貼り付いているのは、出雲神話だよ、と
これは藤原不比等が、憎い蘇我氏とその背景の丹後を抹殺する為、祭神をすり替えた結果です
この当然民衆は反発しますが、これを抑え込んだのが出雲大社建造、だと私は踏んでいます
 
もう一つ、不気味な証拠があります
近江商人と並ぶあきんど、大阪商人、伊勢商人です
そこには住吉大社猿田彦神社、つまり宗像神が有ります
丹後と肩を並べて組んだ、その宗像氏の、その神社が有るのです
北は丹後王国が拓き、宗像氏は南の、瀬戸内と紀伊半島を拓いた構図が、浮かび上がり見て取れるのです
 
最初に戻ります
近江商人の高い倫理観、これこそが丹後王国の商いだったのでは、と思うのです
だからあんなに沢山の丹後神、つまり出雲神があるのでは、と
この感謝が、二千年の時を越えて、その末裔、つまり天皇への思慕では無いかと
 
さてその後、鉄の生産地日本海と、鉄の消費地畿内の力学が逆転し、生まれたのが大和政権です
これは当然、貿易通商路の逆転でもありました
この後は日本海航路は捨てられ、その神社は神すさびました
僅かに残ったのが、琵琶湖の湖運、即ち近江商人だったのでは、と
その倫理観、これこそが丹後王国だった、と
 
[神武東征]
先ほど不気味と称した、住吉大社猿田彦神社に係わります
或は大阪商人と伊勢商人と言ってもいい
更には本文中では、瀬戸内は自身で航路を開拓できず、宗像氏により拓かれた、従って最奥の河内に住吉大社が在るのだ、と申しました
 
頭が痛打の衝撃に眩みませんか?
神武東征のコースと同じなのです
河内で破れ、紀伊半島を迂回します
 
更に神話には、神武を瀬戸内に案内する猿田彦が現れます
その唐突感と違和感、ずっと引っかかりました
しかもその神社が何故伊勢に在るのか、謎の上の謎でした
 
今はっきり分かります
丹後王国は日本海の、宗像氏は瀬戸内と紀伊水道の、制海権を掌握していたのです
丹後と大和の力学が逆転し、日本の天地が動転した時、日向で無力化した丹後の亡命政権である神武と、物部の間に手打ちが成り、宗像は物部に靡き、神武を案内したのです
 
余談ですが、神武の大和入りに反対したのは尾張日本武尊です
物部の手足となって、同族の丹後を騙し討ちにしてまで働いたのに裏切られたからです
その物部が、丹後の神武と手打ちをしたからです
この尾張日本武尊、神話では土蜘蛛と名を変え登場します
或は、兄宇迦斯(エウカシ)弟宇迦斯(オトウカシ)として登場します
他にも逸話が挿入されますが、弟が反対し兄が諌める構図は不変です
勿論、兄が物部、弟が尾張日本武尊です
神話には千に一つの嘘も、ありません