ヨーロッパ、私のエニグマ
ヨーロッパは長い間、エニグマだった
特にイギリスは、七つの海、広大な植民地、太陽の沈まぬ国と、世界史の奇観だ
これが不思議で、分からず、自分なりに世界史を勉強したり、自由と個人主義かと思ってヨーロッパ哲学もかじった
またヨーロッパ人と話したりもしたが、彼らも知らなかった
逆に、初期のヨーロッパは土民の僻地であり、中世でも無知蒙昧に覆われ、文化文明などと言えるものは無い
僅かに分かったのは、その間光り輝いていたのは、隣のアラブ世界だったと言うことぐらいだろうか
ただこれは、ヨーロッパ人は認めたくない、隠したい、と思っている
ギリシャ・ローマを喧伝するのは、この為だ
あの時のギリシャ・ローマは、アラブの尻尾であり、ヨーロッパではない
そこでとどまり不思議のままに、50年過ぎた
ただつい最近、二つの事柄が相次いで分かり、かみ合い、めくるめく開けてきた
それどころか、体から「おり」が落ちたように、サバサバしている
その内一つは、先のブログで発見した高度経済成長の理由と、もう一つは、最近知った三角貿易の意味と内実だ
まず最初の解について
私は今の日本、何でこんなに豊かなのか、豊かとは何だろ、という解が分からず、探し求めていた
当然、高度経済成長が答えなのだが、それは何故起こったのか、要件は何か、これが分からなかった
先のブログで発見し書いたのは、
マッカーサーの財閥解体と農地改革の結果から生まれた「自由な起業精神」、
「化石エネルギー」に裏打ちされた大量生産技術、
そのエネルギー規模に見合う「会社化や産業化」、
個人規模を超える企業の資金繰りを担保する「金融の発達と一般化」、
作っても売れなければ意味がない訳だが、これは変遷しながら初期は「植民地貿易」、
下れば通貨体制が「安く設定されたブレトンウッズの日本円」が作用した
さらに経済の拡大に見合う「潤沢な通貨供給」が裏打ちされる必要があった
これにより庶民まで貨幣が届き、「豊かさ」が実現された
勿論帝国資本主義黎明期の通貨発行は、現在の信用通貨ではなく、世界各地の鉱山の、帝国侵略で奪った金銀であり兌換紙幣だった
これが見事に同時に合致しての、高度経済成長であり、現在の豊かさに結実した、と
さらにこの後韓国、次いで中国が、同じくこの道を進んだ
はっきり言えば、日本企業が進出し、現地で行なった会社、即ち経営と技術と金融のノウハウ、これを彼の地に教えたからにほかならない
そこまで考えたら、次のブログ記事で、この高度経済成長とはイギリスの産業革命と同じではないか、と気がつき書いた
イギリスの産業革命は前例がなかったし、時代が古かったから、二百年ほどかけて、社会構造と政治構造も変質させながら、ゆっくり進行した、ここが違いだが、要件は同じだ、と気がついた
つまり、産業革命と高度経済成長は同じ、或いは本質において共通している、と
さてこのブログの次の目的、三角貿易に入る
ヨーロッパが、ギリシャ・ローマの次に現れるのは、イタリアルネサンスとスペイン・ポルトガルの大航海時代だ
遂にヨーロッパが!、と思うだろうが違う
これはいずれもヨーロッパではない、アラブなのだ
先に言ったように、ギリシャ・ローマはメソポタミアの尻尾だし、スペイン・ポルトガルはサラセンの植民地だった、グラナダにアルハンブラ宮殿がある
そのスペイン・ポルトガルは数百年間、アラブに支配され、アラブに親しんだ
アラブの商売をまねた、アラブの船をまねた、竜骨と甲板を教わった、航海を教えて貰った
アラブ人はインドとアフリカを航海したが、スペイン・ポルトガルは西へ、南米に行った、これがスペイン・ポルトガルの新規と言えば新規だったが、東はアラブ人の場所だったから行きにくかったに過ぎない
さてスペイン・ポルトガルが中南米でやった事は殺戮と略奪、これはよく知られている
悪逆非道だし、世界史と地球上の汚点だ、と長い事思っていたし、憎んだし、嫌った
そのスペイン・ポルトガル、何故地の果てまで行って、わざわざ悪逆非道を働いたのだろうか?
「砂糖」だった!、これをつい最近知った
これで一点突破、一挙展開した
大まかに言おう
イタリアルネサンスは、経済的には東方貿易と香辛料が目的だったし、これに目覚めた歴史的事件だった
勿論経済の繁栄中心はアラブであり、イタリアはおこぼれに預かろう、と東に向かったと言う事
スペイン・ポルトガルは同じ事を、船経由で求めたのだ
香辛料とは何か?、その一番は皆、胡椒だと思っているが、実は砂糖だ
日本人は出汁を発見して自慢しているが、ヨーロッパ人はもっと甘い砂糖を発見した
ご存知だろうか、スペイン・ポルトガルは熱帯の中南米にあの時期、砂糖キビプランテーションを始めている
この砂糖キビ、沖縄ではススキの大きい位だが、中南米では木の大きさになるという
これを伐採するのも、運ぶのも、砕くのも、万力で絞るのも、重労働中の重労働だ
しかも採取できるのは、微量だそうだ
当然何とかならぬか、と考える
黒人奴隷はこの時、発生した!
当時のアフリカは、部族闘争に明け暮れていた、戦さをすれば死人と捕虜が出る
この捕虜、アフリカに大量に蓄積されていた
スペイン・ポルトガルは、これに目を付け、金を出した
戦の後の、厄介者が金になった
スペイン・ポルトガルは、いらないというから買ってあげただけだったのだ
正しい事をしたのだ
ようやく、三角貿易に辿り着く
このスペイン・ポルトガルの近くに、フランス、オランダ、イギリスが居た
指をくわえて、よだれを垂らして、見ていたが、ある時イギリス海賊キャプテンドレイクが、スペインの無敵艦隊を殲滅する大事件が起きた
形勢は一挙に流れ、以後のスペインはイギリスのお目こぼし以上の事はしなくなった
同時進行でイギリスに産業革命が勃興した
そこで作った大量の鉄砲、戦に明け暮れるアフリカの首長達は喉から手が出るように、これを欲しがった、戦の為に
頼みもしないのに、戦の捕虜だけではなく、周辺に遠征してまでイギリスの為に、奴隷狩りを始めた!
奴隷は当時、ヨーロッパ、アフリカ、アラブ、アジア、日本、何処でも自然の景色だった
スペイン、ポルトガル、イギリス、アフリカ、誰も、何も、悪い事はしていなかった・・・
そしてイギリスの場合、北アメリカに植民し、当時砂糖は合成できるようになっていたので、綿花に奴隷を使った
この綿花を母国に送り、繊維工業、軽工業、産業革命のさらなる発展へと進んだ
鉄砲→奴隷→綿工業、これを三角貿易と言う
金融に於いてもイギリスは優れていた
オランダからは、株式会社を学んだ
さらにロイズ保険など、金融が未曾有の充実を見せ、これに応えてシティーが生まれた
言うまでもないが、石炭エネルギーが技術と結び、大規模化、大企業化へ進んだ
どうだろう、高度経済成長の要件と同じなのだ
そして今、世界中が工業化し、世界貿易が当たり前になり、イギリスはその身の丈に収まり、久しい時を過ごしている
私のエニグマ、私のヨーロッパ、やっと見えた!
高度経済成長とは
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•製造業とその起業に必要な技術、これは明治維新以来の細々ではがあるが蓄積されていた、隠れて重要なのは裏付けのエネルギーだ、技術だけなら、古来アラブや中国の方が勝っていた、それどころか石炭石油は暖房だけで作物が育たず忌み嫌われていたから、彼の地では産業革命は起きなかった、(英国では石炭エネルギーと蒸気機関技術/中国では外資)
•起業の為には自由経済と規制緩和、これがマッカーサーだった、財閥解体、農地改革、女性権利、既得権益破壊、空一面の青天井だった、(英国では史上初の資本主義にその規制や法制など無知兼皆無、中国では鄧小平)
•また作っても売れなければならない、これがブレトンウッズの割安な為替による貿易輸出と加えて朝鮮戦争特需、ちなみに戦後インフレは300倍だった、これを当時の大蔵省は交渉のどさくさで2割勝ち取ったのが1ドル360円、(大英帝国は三角貿易/中国では安売り)
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小脳の世界観
茶の湯は、茶室の庵とペアで存在している、と
勿論利休の時

先ずその茶碗だがある意味、贅を凝らしたものだ
所詮は焼物ひとつの、細かい差異をあげつらい、良し悪し、価値を論じ、焼物単価とは別の、天文学的な値が付く
或いは茶碗を砕き、金で繋いで、美を競う
茶を受ける時、茶碗の姿や質を形容し、その難易度を叙述する
この行為は主と客の、美学の自慢、美学の競争、美学の試合だ
さて言いたいのは、これで無い
この茶を、タワマンの一室で受けて、利休の気持ちになるだろうか?
この茶碗は、草木と灌木の間に結んだ、鄙びた庵が必要だ
元より鄙びていれば良し、いなければ大枚の金子を用い、鄙びの昔に戻し、しかる後に庵を、これまた大枚の金子を用い、鄙びて作る
茶と庵はペアなのだ
これに気が付いたのが、利休だ
茶椀の雅は、庵の鄙が演出する
鄙無くして、雅は無い
低無くして、高は無い
貧無くして、富は無い
そして言う
編笠の急登玉石登りの汗無くして、権現雲海の美は無い
ハイヒールの美人が、乗鞍頂上バス停に立ち、あらここ道が悪いわね
この美人、乗鞍の美、生涯無縁なるべし
利休はこれに、気が付いた
これを演出した
それを利休は、侘び寂びと呼んだ
茶の湯は、庵の侘び寂び無くして、成り立たぬ
これを知らず、美だけを追うのが、黄金の茶室然り、西洋美術一般も然り
さて、言いたいのは、これでも無い
侘び寂び、鄙、低、貧とは何か
茶の湯、雅、高、富とは何か
利休は、ここで、停止した
対比に至り、停止した
ヒントは、山にあり、先程の美人にある
ケーブルカーで登り見渡し、綺麗と思う
綺麗な所、綺麗と思う、何の不思議
軋む太もも、荒息、玉汗、極めて見渡す、山肌、雲海、遠望・・・
すべてが、己の体と同体、ひとつになり、自身となる
その答え、知っている
景色の美しさは、目を通り、大脳に達し、美しいと思う
小脳には目がなく、美しいとも何とも分からない
ところが、筋肉の収縮、これは小脳に直結しており、先ず筋肉が喜び、次いで小脳が喜ぶ
筋肉の隅々、体の肉の奥まで、喜ぶ
この小脳の世界、前から何かあると気付き、形をなしてきた最近の私
翻って思えば、最もの知見は、ヨガだろう
二番目は、仏教のヨガ部分を引き継いだ、禅宗だろう
そして思う、三番目、これは道教だろう
利休は、その発想、道教から得ている
と言うか、日本の文化をほじくれば、ぬっと道教が現れる
日本人と、揚子江や東南アジア、思考が似ている
ただ、ヨガより劣る
ヨガは、小脳を知らずに小脳を語っている
道教は、儒教理性のアンチに留まり、小脳を知らない、語りも出来ない
豊か、とは
欧米は豊かだった、日本や東洋は貧しかった
これは文明的、人種的な問題ではないか、と思う程決定的だった、つい最近迄は
それが昨今の、経済、社会、人々、若者を見て、欧米に並ぶほど豊かになったのを、つくづく思い知る
勿論良い事、有り難い事だが、何故かや、理由が分からない
いやその理由、多すぎて分からない
評論家も学者も多過ぎて、その真偽、大小、前後が分からない
以前のブログで言及したのは、農村と都会間の人口移動、これを吸収して戦後爆発的に増えた工場とその生産性、これに求めた
逆に言えば、その他諸々を従属と考えた
そんな折、President onlineで森永康平氏が、日本がギリシャのように財政破綻することはあり得ない、と明瞭な論旨を見せた
もう一人、jbpressで篠原信氏は、食糧危機が起きるのは「国民の大半が農業従事者」の国ばかり、とこれも明瞭な論旨を展開した
読んで驚いた、嬉しかった、最後のピースが埋まった、私にとって
畑の違う両者が共に主張するのは、モノとサービスの強力な生産と生産性だ
辛坊治郎氏が言った
フリーランスと成熟社会





