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ondonpiのブログ

山と川の間に迷い込み、掘立小屋で自炊し、猫の額ほどの畑で自給し、大脳と小脳の世界に遊びます・・・

皇統譜

以前出雲神話を書きました
その7章神武東遷の最後に、以下の文章、皇統譜のおさらいを挿入しようかと思います

書記は、
初代神武、十代崇神、十二代景行天皇の皇子日本武尊、そして十五代応神天皇と並べます

学者は、
神武は居なかった、或いはその事績が崇神と重なるから、同一人物を二人に分けたとしています
そして二代から九代までの天皇は存在しなかったとし、欠史八代と云います
そんな天皇を挿入したのは、皇統を古く長く修飾する為としています
日本武尊に付いては、英雄譚を一人に集約した物語とし、その存在を否定します
応神の家来武内宿禰は、三百年も生きられる筈は無いから非科学的とし存在を否定します
応神の母神宮皇后は、一生を戦線で過ごしていますが、これは現実的ではないから、これも架空の物語として否定します

私は、
十五代までの初期の天皇譜は、順次代々引き継がれたのではなく、一つの事件に関わった、同時代を生きた神々を縦に積み上げた物だと思います

初期の天皇は三つのブロックに分けられます
神武から崇神は物部ブロック、景行と日本武尊を中心とする尾張ブロック、武内宿禰と神宮皇后と応神の出雲ブロックです
これは一つの事件を三つの地方から見たために、三つの話になったのです
それは良いのですが、この話を書記は縦に積み上げたのです

要約すれば
物部の崇神は押されて天皇になりました
同時進行で出雲の武内宿禰と神宮皇后は、北九州の卑弥呼を殺し日本国を統一創世しました
この快挙を恐れた物部の崇神尾張日本武尊は結託し、出雲を滅ぼし国譲りを得ます
神武を薩摩隼人に追い、神宮皇后を姫川に殺し、応神を諏訪に幽閉します
しかし直後の天変地異に動転し、日向から出雲の子孫神武を迎えます
従って神武は傀儡政権であり、子作り以外の実績がないのはその為であり、これは物部政権の範疇です
たまらないのは尾張です
粉骨砕身働いたのに、物部は裏切り、神武の出雲と結ぶとは何事か
神武東遷で土蜘蛛始め、小さな抵抗を受けるのは、尾張の憤懣と抵抗があった事の証です
日本武尊の最後が哀愁を奏でるのも、この下地があるからです
また皇統譜も、これらの代を圧縮すれば、現実の暦年に添えると思います

コーヒーは、甘い!

コーヒーを甘いと言えば、びっくりするだろう
数日前に、自分で淹れたコーヒー、後味が甘かった、初めての事でビックリした
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ちなみに、人が料理を美味しいと云うのは、その究極に甘さが有るからだと思う
勿論、甘い砂糖の、子供の味覚から進化して、野草の苦味に含まれるかすかな甘みや、苦い酒の中に嗅ぎ分ける甘さ、それをここでは云っている

結論から云えば、あの時の甘さは、焙煎豆の、その挽き方ではないかと思う
粗挽きだったのだ
もう一つの淹れ方の要素、湯通しの速さだが、これは今は確信がない
いずれにしろ、その味を再現しようと思い、現在試行錯誤しているが、プロペラ式のミルでは、多量のパウダーが発生するのは避けられず
このパウダーが苦味とまずさの元凶なのは知っているので、臼式かコニカル式のグラインダーを買おうと思っている
そうすれば、粒の揃った粗挽き、粒の揃った中挽き、粒の揃った細挽きが思いのままになり、苦味や雑味の元凶の、パウダーが混じる事はない

さてコーヒーの味は、一に豆の銘柄、二に焙煎の質と深さ、これは常識なので今は取り上げない
ちなみに今回は、ジャワ産のマンデリン豆を、中炒りで自家焙煎した物を使った

これにプラスしたい情報が、この記事のテーマ、挽き方の粗いこまかいによる、味の劇的な変化だ、これを云いたかった
コーヒーから苦味が消えるのだ
そしてコーヒーが甘くなるのだ

上野の山谷にあるコーヒー店バッハ、その味は、焙煎直後の豆を挽けば、決して難しい物ではないし、私でも作れる
上品な苦味の極致だろう

表参道のブルーボトルコーヒー、これにはびっくりした
遥か遠方に染み渡る、透明感がある
あの味は、本邦初の快挙ではないだろうか
あの味は、粗挽きで、多めの量の粉を、早い湯通しで得られるのでは、と思う

それに感動し追求していた矢先、たまたま生まれた「甘さ」だった
この甘さの味覚、ブルーボトルの透明感の上を行くのでは、と密かに思っている

沖の島と、廃憲

世界遺産で沖の島が取り沙汰、とか
宗像水軍の総社ですね
大国主命や神宮皇后が、共に見た
夢のよすが、夢のなごりです

もう一方の最近の話題、憲法です
世間は改憲・護憲を言うのでしょうが、
私は廃憲を言いたいですね

イギリスにも憲法はありません
その代わりを果たしているのが、
英国歴史です

誰も知らない憲法
守る気もない憲法
抜け道探しの憲法
そんな憲法より
神宮皇后、源頼朝織田信長坂本龍馬を教えれば、
人は、己の道を知ると思うのです

夏野菜の、芽出し、苗作り

スーパーから発泡スチロールの箱を貰い
7W電球をグローブで包み、中に入れれば、温室・温箱になる
温度は、電球のワット数を変えたり、発熱電球を使って調節し、夏冬に対応する
豆腐のケースを取っておき、これにペーパータオルを切って底に敷き、ヒタヒタの温水を浸す
勿論それにトマト、ナス、カラシ、ピーマン、キュウリ、ウリ、スイカ、カボチャ、オクラ、モロヘイヤなどの種をを入れる
ちなみにこの温箱は
ピザやパンを醗酵させる時も、牛乳を醗酵させてのヨーグルト作りにも、甘酒・どぶろく作りにも大活躍だ
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芽が出たら、これをポリポットに移す
芽は最初根が出て、次に茎と葉が伸びる
どの時点でポリポットに移すか、現在試しつつ進行中だ
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玄米餅米で赤飯

失敗になるが、最初は焚いた
玄米なので、びっくり焚きで試みた
びっくり焚きとは、最初同量の水で焚き、水が飛んだら再度水を加えて焚く
一方、あらかじめ小豆を茹で、豆と水を濾して分けておく
二度目にびっくり焚きする時に、小豆を加え、その茹で汁で焚く
結果だが、味はそこそこながらも、ベチャベチャになる
水加減を減らし、数回試みたが、一線は超えられず、人に出せる物にはならなかった

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次は蒸した
蒸し器とさらしは、必要だ
鍋底に仕切りを広げる簡略版もあるが、専用蒸し器がずっと楽
最初はいきなりさらしに包み、蒸した
途中で2、3度、塩水の打ち水した
蒸して蒸して2時間蒸したが、柔らかくならなかった
それどころか、恐ろしく不味い

次は、玄米餅米を、一晩水に浸け置き、柔らかくした
これが大成功
蒸して、2度の塩水の打ち水後、1時間で出来た

次のトライアルは、これに小豆を加える工夫だが
蒸す時に茹でた小豆を乗せ、打ち水はその茹で汁を使えばいいのだろうか

もう一つ、赤飯に振りかける胡麻塩だが、これを買うのは馬鹿馬鹿しい
胡麻を買い、これに塩を加えて、炒ればいい
水を吸いべたつくかと恐れたが、それも無い
これはお握りにも使える、ご飯に混ぜれば、味の良いお握りができる

インナーマッスル、おしゃれ、スポーツ、音楽、小脳が気持ちいい事

樺島勝徳氏の禅体操、これを自分のエクササイズにして、もう十年以上になると思う
膝痛、腰痛、肩痛、踝痛などは勿論、花粉症に迄効果があったからだが
もう一つ、快感が有ったから、続いたのだと思う
この禅体操の途中から、体が軽く、しなやかになり、若返るのが実感される

この禅体操、その特徴はインナーマッスルを刺激し、活発化し、鍛える所にある
ブッダはヨガ行者だし、仏教と云い座禅と云うが、ヨガの世界の内側にある
そのヨガは、インナーマッスルに特化した操体運動だ
つまり、インナーマッスルを介して、これと繋がる小脳を刺激する
これが、大脳のくびきからの開放された小脳の喜び、小脳の囁きではないか、と思うようになった
それを快感と感じ、気持ちいい、と感じるのではないか

私達の生活は、大脳に縛られている
倫理、正邪、損得、利害、貴賎、大小と、大脳が大活躍している
生きて行かなければならず、食べて行かなければならないからだ
定年になり、年金暮らしで、これから離れたと思った
そして百姓を始め、自給自足の真似事だが、いつしかこれが楽しみになった
それが知らない間に、自給自足の呪縛に捕らわれていた、と思う
つまり自分を、律し始めていた
自分では、貧乏を楽しんでいる、と思った
身なりはいつしか、百姓を通り過ぎ、乞食の風体に近づいたが、これを誇った

そんな時に見つかった脳腫瘍、万一を想定し、様々な財産上の処置を講じたが
同時に無性に、お洒落をしたくなった
乞食の衣服を、かなぐり捨てた
真っ赤なワイシャツを、30年ぶりにオーダーし、Gパン、革ジャン、絹のマフラーで
花見で賑わう中目黒で、妻とフレンチを食べた
今となっては信じられない事だが、私は若い頃、お洒落だった

長くなったが、これは小脳だった、と今、思う
大脳の縛りから、小脳が叫び声を挙げたのだと思う
自由になりたかったのだ
小脳は色んな形で、発露を探す
多摩川の河川敷の少年野球もそうだ、あれは筋肉と小脳が躍動する姿だ
音楽もそうだ、小脳がどっぶりとその自由を満喫する姿だ

共通点は、大脳と意志がない事だ
人生は逆転しているのではないか
生きる為に判断するのは大脳であり、体と小脳は金儲けの為の小使いか家来だと思ってはいないか
本来は小脳が喜び気持ちよくなるのが目的であり、大脳はその補助だった筈ではないか

瞑想

最初、瞼が腫れた
次に顔半分が腫れ、眼がとび出した
その形相、お岩さんそのものだった
(後で思ったが、お岩さんはガンだと思う、その症状、私とそっくりだ)

3/14、近くのひらと眼科医院へ行った
眼の周囲を触診してポツリ、目の奥にしこりがある、と
驚き、聞いた、しこりとは何か、がんの事か、と
医者は答えなかった、ここでは脳の中は分からない、紹介状を書く、と
脳の中、という言葉に、私は二度驚いた

翌3/15、関東労災病院でMRIを撮った
その画像に驚いた、眼球の真後ろ、脳内に卵大の銀色に光る塊があった
すぐさま、国立がん研究センターへの紹介状を渡された
紹介状の嵐、矢のように、がんセンターに突き刺さった
私は観念した、脳腫瘍だ・・・
この日、私は泣いた
予約は一週間後になった、これが死刑宣告の日と思った


私は、通帳を一つにした
所有する3件の家は、電気ガス水道通信NHK全部、銀行引き落としから振込に変えた
遺族年金も調べた、7割程の金額が妻に支払われる、と知った
道志の別荘は、息子を連れて行き、大家さんに紹介した
来年の事は、この息子を私と思い、話をしてくれ、と

この間、10日間ぐらいだろうか、私は死ぬと思っていた
ただ一つ、友人が脳血管障害の治療、その為の大手術をした話は聞いていた
頭蓋骨を一周して切り取り、ヘルメットを脱ぐように頭蓋骨を外し、血管を縫い合わせた、と
その予備知識があったから、私は人格崩壊から免れた、と思う
ただ、がんの中で最も恐ろしい脳腫瘍だ、再発を繰り返し、遅かれ早かれ結果は同じだ

私は関東労災病院の廊下で、隠れて泣いた、胸が張り裂けるようだった
それは、この世から去る恐怖と未練だった、と思う
具体的には、道志の別荘で始めた畑、もっとやりたかった、こよなくやりたかったと願った
道の駅から近いから、カフェの夢も抱いた
これらが狂おしいほど、狂おしく、胸を掻きむしった
不思議な事に、死そのものの恐怖は、感じなかった
まだ痛みや苦しみが発症していなかったから、かも知れない
家族とも別れる事になる筈だが、これも感じなかった

数日後、また胸が焼けただれ、張り裂け、掻きむしり、窒息した
たまらず部屋を飛び出し、多摩川の河川敷に空気を求めた
広かった、上流も下流も空も
少年野球が、声を張り上げていた
幼児が、遊具に取り付こうとしていた
足元には、菜の花が一輪、一輪、一輪
皆々、輝いていた、美しかった、たまらずいとおしい、と思った
何故だろう
私の心が、諦め、遠のいて行くのが感じられた
執着が、薄れ始めた
と云うか、私を狂わせるのが執着だった、と気付き始めた

仏教では、愛憎を執着と云い、遠ざけるらしい
分からなかったし、逆にキリスト教では愛は徳目だが、この時初めて分かる気がした
これがある限り、死は恐ろしいものに化けて襲いかかる
そして七転八倒、狂い泣きしながら、死ぬ事になる
執着の最たるものは、善悪、正邪、愛憎のように、他を憎む迄に至る情念だ
これだけは避けなければならない、最悪だ
それより弱いがやはり、理想、希望、夢、これらも執着なのだと知った

河川敷での発見、共通項、それは小脳の世界ではないだろうか
小脳の世界とは、執着の無い世界ではないだろうか
小脳に生きる爬虫類は、善悪を知らず、愛憎を知らず、執着を知らない
大脳を持つ哺乳類にして初めて、いつくしみと憎しみを知り、正邪を知り、また夢を見る
これが巨大な妄想を生み、執着を生む
これが無ければそもそも、生も死も、その境界も、知らずに済んだのではないだろうか

河川敷での発見以来、私は部屋で瞑想するようになった
昔あるサークルで、瞑想を教えてもらった事がある
暗い部屋で、静かに音が流れ、言われるままに、自身の懐かしい風景を、楽しかった情景を繋いでいく
私は、故郷の川や林に分け入り、在るものを在るがままに見た
それらは多くは、幼児期の記憶であり、その情景の連鎖だった
今思えば意思、と云うものが無い世界だった
あの時と河川敷は、瓜二つだった
意思が無い、そして執着が無い、小脳の世界、爬虫類の世界だ
死ぬ時は子供に戻ると云う、きっとこれではないだろうか

3/22、国立がん研究センターへ行った
私は詰め寄ったが、医者は答えなかった
ステロイド薬を処方され、これが効いたらがんではない、との説明だったように思う
そして数日、目の腫れはひいて行った

4/5、二度目のがんセンターだ
この時、眼の腫れは完全に消失していた
けれども医者は、何も言わず、三度目の4/25を指定した
その日が、最後の審判になるのだろうか

小脳とオーダーYシャツ

あの後、ユザワヤへ行った
30年ぶりにYシャツを造りたい、と
多過ぎて見るだけに終わったし
元より、明日の花見には間に合わない

今回の事で、何かを感じ、何かが変わった
ただ生きる物、ひたすら生きる物は、輝いているんだね
野球少年、遊具の幼児、菜の花の一輪一輪

共通項は、小脳だ
遠い記憶に、幽玄な瞑想に、分け入ろう
子供の頃、川はあったろうか・・・
森の入口が見えるだろうか・・・
足元に湧き水、おお何と冷たい・・・

好悪、愛憎、損得、利害、善悪、正邪、闘争、追求、大小、二元・・・
皆々大脳が作り出す、非現実の執着、業火の連鎖、胸を裂く執着・・・
何と詰まらぬ物に、身を焦がしたのだろう

定年の時、自分の後ろに足跡が無い事に驚き悲しみ、この後は自分の物を作りたいと思った
その筈だったが、胸が焼け、道志と百姓で満たされない何かが、まだあるのが分かった

心静かに、幽玄の内に、終わりを迎えたい・・・
輝いている最中に、訪れる死知らず、幼児のように

よすが

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ありがとう

塁とママ、一緒の道志、楽しかった
紗千も、気にかけてくれた
ママには、すげなくした
嫌われていると、思い込んでいた

眼科医院、労災病院、がんセンター
紹介状の嵐、矢のようだった
覚悟した

胸が苦しく空気を求め多摩川
少年野球の掛け声、
遊具には幼児、
菜の花の一輪一輪、
この世の輝きが、皆そこにあった
思い出を作ることは良いことだ
紗千も塁も、たくさん作ってほしい

最後に残るのは、それと家族だけだ
世に溢れる、争いや憎しみ、本当につまらない事だ

去年に続き、目黒の桜、見事だろうね

脳腫瘍

眼窩腫瘍、ではないかと思う
医者は、かたく口を閉ざすが

眼球を納める空洞、これを眼窩と言うらしい
その後方部で、眼球を操る
筋肉や神経や涙腺があるのだろう
そこで発生する癌のようだ

症状もネットで見ると
まぶたが腫れ、
目が押されて飛び出し
お岩さんのような顔になる
物が二重に見える
自分のは、全部該当している

手術は
頭蓋骨をグルリと切り取り
ヘルメットを脱ぐようにしてから
患部を切除して行われるようだ

実はこの手術だけなら
逗子の友人が5年ほど前にやっていた
目的は脳血管障害の治療だったが
それを聞いたとき
驚き、言葉も無かった

その話を聞いていたから
今回の精神の動揺は
少しだが対応出来たのでは
と、感謝感激、申し上げておいた

もう一つ
ラジオで脳外科医が言っていたが
脳腫瘍一般に、他部位と異なり、転移が少ないと
本当なら、拝みたいほど、有り難い

国立がん研究センターへの、紹介状を、渡されてしまった
あんな、偉く、恐ろしい所、自分のような者が行くとは思わなかった

農作業と物置

畑を作りだすと、物置や作業小屋が欲しくなる
道具、収穫物、肥料等、家の中や納戸には、大き過ぎたり多過ぎたりで入らなくなるし、肥料など入れたくない物もある
 
で、作った、お隣さんから貰った廃材だけで

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一間の長さの細板だけで、4本の柱と上下の横板とかすがいの構造物が出来た
これが面白いのは、作りがシンプルで、これをモデュールとして左右に継ぎ足せば、いくらでも広くなると云う事
鳥小屋を作りたかったが、近所の反対で叶わなかった
今は、柱を寸詰めし、肥料などの物置に作り替えた

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籾殻燻炭のこつ

冬の風物詩、三年目だ
今回初めて、うまく行った、と思った
 
最初のコツは、風の無い日を選ぶ事だろう、風に籾殻が飛ばされる、当り前の話

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次は、点火の工夫だ
枯木と新聞紙、これを土の上や、私の場合はトタン戸の上で着火するのだが、風があれば勿論、無くても難しい
それを、今年はいい方法を思いついた
ゴミ焼き用のペール缶で、先ず火を起こし、 安定したらひっくり返すのだ
火が落ち着いたらすかさず、逆さロートをかぶせ、煙突を立てる

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次いで、逆さロートの回りに、籾殻を積んで囲む
スコップで掻き上げ、棕櫚箒で履き上げる

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二つ目のコツは、小まめな掻き上げだ
煙突の回りから焦げ、火が着く
これを几帳面に、箒で掃き揚げて、火を消すのだ
均質で上等の燻炭の出来は、これに掛かっている、と知った

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続けていると、首の所だけでなく胴の所も黒くなる
完成間近だ

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掻き上げても、黒い燻炭ばかりで、籾殻が見えなくなったら、煙突を引き倒し、ロートを取り除く
スコップで広げてならし、粗熱を冷ます
 
最後のコツ、と云うか、以前はジョウロで水を掛けていた
予熱で炭化が進むのを止めようとの積もりだったが、無駄な取り越し苦労だった
何もしなくて良い、と今回知った
熱いから流石にビニール袋には入らないが、ペール缶に入れて畑に運び、手箕に取り、畝に撒いた

生ゴミはどうしてますか?

以下は、小さな小さな、生活の知恵
生ごみの処理の方法です
図のトレイは、プラバケツの底を切り取ったものです
小さな洗面器や植木鉢の皿でも良いでしょう
口が広く浅ければOKです
これに、 白菜、キャベツ、人参、ジャガ芋の皮等などの生ごみを、シンクに入れたり濡らしたりしないで入れます
つまり、濡れない、濡らさない、濡らす必要はないという発見です
 
これを始めたのは、生ごみ堆肥が目的で、これをこのまま堆肥枠に放り込む事に発します
その時、濡れた生ゴミは発酵せず腐敗し、蛆が湧き悪臭を放ちます
その為に考えた方法ですが、普通にゴミ出しするのも、 水切り不要ですから この方が便利ではないでしょうか?

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慣れると便利で、返って三角コーナーを疑問に思います
切った野菜屑をシンクに落とすから、濡れるのはあたり前、と云う先入観が巣食ったのでしょう
そしてその先入観は、排水のごみ受けトレイからの連想、発想ではないでしょうか
そのゴミ受けの野菜くずは、広いゴミ皿の上でパンパンと底を叩けば良いのです

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草取り、草削り

 

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中央の棒の両側に、畝が2列ある
左側の畝は、春の草にびっしり覆われている
右側の畝は、平鍬で削り取られ、土が見えている
よく見れば、 畝の天辺が残り、両側が削られている
この畝2列とも、らっきょうが植えられ冬を越したのだが、春を迎えた今、このままでは雑草に負ける
 
そこで 草取りをしようとした訳だが、問題はその草取りの方法にある
まともにやれば腰をかがめて丸1日の作業になる
そこで、らっきょうが植わっている中央を残し、その両側を平鍬ではつった
勿論左側の畝もこれから作業をする
細く残った中央だけの草取りなら、軽作業だ
 
削られた表面は通路に落ちる
時期を見て、今度はその通路をはつりながら通路の草も削り、チャーハン状になったその土を、畝に盛り戻し、らっきょうに土寄せする
 
お気づきだろうか?
この方法だと、草が無駄にならず、全部土に帰り、肥やしになる
現に私は化学肥料は買ったことがない
石灰も買わず、籾殻燻炭を作り、これを撒くだけだ
それだけで私の畑はアルカリに転化し、しつこいスギナが消え、春になればびっしりとした春草で覆われる
ハコベナズナオオイヌノフグリホトケノザヒメオドリコソウ、ハキダメグサは、土が出来上がった指標だ
石灰をまいた隣の人の畑は、この時期草一本生えて来ない
まるで死人のように不気味だ
石灰と籾殻燻炭、その優劣、私には自明に見える
 
後は、畑の周囲の草地を、年に数回、刈払機で刈り集め、堆肥枠に積み込み、できた堆肥を翌年に有機肥料とする
私は化学肥料とは、かたわを作るものだと思う
手足だけが長い、頭だけが大きい、そんな奇形児を作っているように見える
 
もう一つ害虫のことがある
私の野菜は害虫の被害が少ない
化学肥料をやった隣の人の畑は、虫がたかる
この為ネットを張り、農薬を散布している
私は虫は、化学肥料を目指してやって来るのではないかと思っている
化学肥料で奇形となり病気になった野菜が、病気になり虫に食われるということではないかと思っている
虫に食われた野菜を見せ、「虫喰いは、虫が食べるほどおいしく健康な野菜です」と云うのは逆だと思う
人間も同じ、健康な人は病気にならない
風邪をひくのは、体力の落ちた人だ

芋洗

 

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盥に、ジャガ芋や里芋を入れて、水を張ります
そこに丁度の幅の板を刺し、揺すります
芋も多いと、一個一個洗うのは不可能になってきます
上の方法だと、腰を屈める事もなく、楽ちんです
(もっと多い場合は、竹で編んだ樽に入れ、これを流れに浮かべて水車とし、自動で洗う、と言う方法もあったのですが・・・)