ondonpiのブログ

山と川の間に迷い込み、掘立小屋で自炊し、猫の額ほどの畑で自給し、大脳と小脳の世界に遊びます・・・

大豆の、鳩対策

大豆の鳩対策、畝に不織布を掛ける、と言う記事をネットに見つけた
早速、やりました

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大豆作りは、六年越しになる
最初何も知らず植えた、鳩か雉かカラスか知らないが、100%絶滅した
驚いて、人に聞いたりネットを調べたりした
水糸二本、畝に張るといいと聞いた
でも、経験者はぜ〜んぜんと笑った
その人は、諦めた人だった
二年目は、苗床で作り移植した
勿論、圧倒的に数が足りず、非現実的だった
三年目は、麦と混植という方法が本にあった
やって見たが、数が足りないのと、陽射しが足りずモヤシだった
あの本の著者、深く疑った
四年目は、万策尽きて、大豆を休んだ
五年目は、農家に教えを乞い聞いた
そしたら薬品漬けの、真っ赤な種を渡された
発芽率は、驚きの100%だった
ただ心に、澱のような重さを感じた
 
そして今年
アーチパイプと不織布で大豆畝を守る方法は当然考えられるが、これをやると豆はスーパーで買った方が安くなる
そんな折、畝にいきなり不織布を掛けると言う方法がネットに有った
嬉しくて、小躍りした
 
私は播種する時、畝表面に三角ホーでV字谷を作りその底に種を蒔く
雨や夜露を、集められるからだ
そうすると、畝の谷底と耳(山)の高低差は5cm以上あるから、芽出しを見て不織布を取り除けば良い
 
おまけがあった
畝数が多ければ、不織布も馬鹿にならない
その時、時間差で一週間ごとに畝を増やして行けばいいと思い着いた
その方が収穫も分散されて、好都合だ
大豆は、植え付け許容期間が長い
 
 

起業、それは諦めない事

不思議だ
60才65才を過ぎて、性欲から開放される
そうすると世の中が、スケスケに見えてくる
最初、西洋医学が透けた
続いて、宗教も透けた
次いで、古代史が透けた
また、日本とは何か、自分とは何か、その心の置き場所が分かって来、安心立命を得た
そして今突然、起業や経営が見えて来たのだ
経済オンチ、経営コンプレックスの私には、思い残す事は無いと思うくらいの、嬉しい発見だった
 
定年で会社から放り出された時、後ろを振り返ったら何も無かった
会社の足跡も、日本国の足跡も有るのに、自分の足跡だけが、無かった
惨めで、悔しかった
せめてこれから数歩の足跡だけでもと思い、田舎へ来た
掘っ立て小屋に住み、土を耕し、自炊した
その野菜を売る、100円ショップ、パラソルショップを開いた
好きなイタ飯を作り、カフェをやろうかとも思った
すぐ大変だと分かり、庭で焙煎した珈琲とケーキの店に縮小して、考え直そうとした

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そんな鬱々としたある日突然、起業とは諦めない事だ、と閃いた
失敗するのは、諦めてやめるからだ、と
失敗のたび試行錯誤し、人と社会への摺り合わせを重ねて行けば、成功に近づく、と閃いた
岩佐大輝氏も言っている、トットとやってサッサと失敗すればいいんですよ、と
 
これはコミュニケーションでもある、社会への摺り合わせ、が発生するからだ
売る為には、人に喜んで貰わなければならない
それで初めて、商いが成立する
逆にコミュニケーションとは何か、初めて自分なりの答えだが、言えるようになった
そのコミュニケーション、難しいものである必要は無い
今日の天気、時候の挨拶から、始めれば良いのだ
 
もう一つ、これこそ教育では無いか、と閃いた
昔から私は、教育が分からなかった
分かるのは、破壊された士農工商、この身分制度の再生産ぐらいだろうか
各種学問や学校も、企業の奴隷を養成する下請け機関としか思えなかった
肯定的な意味では、切磋琢磨、競争原理が認められる
その方面での情報共有とスキルアップには、効果絶大だ
もう一つは、自分で考える事が出来るようになる、と言う事だろう
ただ思慮熟考だけ批判精神だけで、行動とリスクに飛び込む勇気は摘んで来た
それがこの起業で、思いもしない方向からの光が当たった
自立、とでも言うべきだろうか
自分の力、自分の嗜好を持って、社会の一角のそのまた一角のその歯車に、自分を噛ませる事に成功するかどうか
それを求めて、飽くなきトライアルを重ねるのは、醍醐の楽しみ、醍醐の喜びでは無いだろうか
ウル覚えだが、アメリカの小学校では、パンや物を作って売る授業があると聞いた
売れるかも知れない、売れないかも知れない
売れなければ、次はどう変えるか、これを繰り返すのだ
自立し自分で考える、その極致の人材が育つ
尚かつ、失敗とリスクに立ち向かう勇気が育つ
この教育、深く納得できる
 
さて、そこ迄考えたら、次に飛翔した
今迄は、自分の出来る事、やりたい事で社会に噛み合おうと考えた
これに、成功したとしよう
次は手伝って貰う人、これが必要になる
更には労働者に丸投げ、肩代わりして貰う段階に進む
又その次は、自分の出来ない事や分野でも、専門職を雇って行い、自分は方向だけ、つまり経営だけに特殊化する事が可能になる
金を産みさえすれば、この範囲は拡大して行く
この意味で、例えばスポーツビジネスも理解できる
私はスポーツに、興味が沸かない
人間が人工的に作ったルールで、勝ち負けを競って何の意味、何の生産が在るか、分からない
けれどもそれを喜び、お金を出す人が居れば、そこにビジネスも経営も、成り立つ
 
もう一つ、こんな現象が起きたのは、歴史上初めてでは無いだろうか
つまり、経営があったとしても、これが抽象化された事は、初めてでは無いだろうか
太古の人は食の為に耕し、武士は一所に命を懸けた
勿論太古より商人は居たが、その職は家や部族の世襲に近い
それらの行為は目的と不離不即であり、彼らの頭脳内では同一の事象だった
組織が大きくなれば、その中で経営は中枢化して行くのは分かるが、それは世襲され抽象化は起きていなかった
今我々は、不思議な時代を生きている

納豆、成功

納豆、見事に、発酵に成功した
豆は二合、一晩浸せば五合に増える
これを、煮る
暫くして指で潰せば二つに割れるが、これでは足りない
これを越えて、グシャっと潰れる迄煮る
ちなみに発酵すれば、少し固くなるから
カモシコの器に移し、納豆1/4を混ぜる
と書いてあるが、多い方がいい様に思う
後は、45℃、二日二晩
その後は冷蔵庫に

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さて、失敗例を列記した方が参考になる
最初私は、市販納豆の器を沢山取って置き、これに小分けして作った
面倒臭いのと、菌がムラになり失敗だった
 
次の失敗は、スーパーで貰った発泡スチロールを保温箱とし、7Wの白熱電球を中に入れ温めた
失敗とは言えないが、はかばかしく無かった
似た話だが、コタツで保温している人もいる
これも面倒だし、500Wの電気代がバカバカしい
 
ネットによく有るのは、市販納豆に熱湯をかけ、その汁を茹でた大豆に掛ける、と言う物だ
汚らしいのと、できる納豆が黒ずむと言うのでやらなかった
 
あ、意外で大事な失敗がある
大豆は、500gで500円だが
納豆は、3パックで150gで50円だ
自分の畑で取れた大豆でなければ、採算が合わない

草地に自生したアサツキ、叢生栽培のヒント

草地に、アサツキが自生していた
ワケギか細葱かと見まがうほどに、太く長く力強かった
叢生栽培とはこういう物か、と驚いた
ちなみに木村秋則氏も同じ事を言っている、近くに土手があるなら大根を植えてみろ、と

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同じくその日は、毎年悩まされる畑周辺の草対策をやっていたのだが、或る方法を思い付いた日だった
以前の経験から、一番楽ちんな草対策は耕す事だと知っていた
それで、畑の四方四箇所で合計四畝ほどあるだろうか、その草地を、全部はとても無理だがその外周だけならと思い、草地の回りをぐるりと耕した
平鍬で耕したりはつったりして、歩けるほどの幅の裸地の通路が出来た
 
この時点で、新鮮な驚きに見舞われた
当たり前だがこれでもう、進むのに草をかき分ける事は無い!
背丈を超える、雑草という壁が押し寄せてくる事もない!
時折、通路のへりを平鍬ではつっていればいい
それどころか草地に分け入り踏み込まなくても、その通路から手の届く範囲なら、刈払機でも草刈鎌でも草取鎌でも鋸鎌でも処理可能となる
草地の脅威は消えて、草地を管理し栽培する、という感じになる
それを発見した
 
さてこれがヒントになり、自分の畑をこれで出来ないかと思った
当然畑の外周通路だけでは広過ぎて中に手が届かないから、縦に沢山の通路を走らせ、通路と通路の間を短冊状の畝とする
こうして出来た畝に、間隔を置いて穴を掘り、そこに種や苗や、或いはアサツキを植える、と
 
何やら、焼畑農業に似て来た
今年はこれを、トライしよう
これが
福岡氏が自然農法で言う、無除草(叢生栽培)
川口氏が自然農で言う、草を敵としない
或いは木村氏が言う、自然栽培では無いだろうか?
 
 
 

奇跡のリンゴ、杉山修一氏が解けば

奇跡のリンゴで有名な木村秋則氏の言う自然栽培、これの科学的な解説書を、杉山修一氏が著しました
私は自然栽培がどのような作業の過程か、具体的には知りません
またこれに似たものに、福岡正信氏の自然農法、川口由一氏の自然農があり、その違いも分かりませんでした

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[江戸時代]
先ず江戸時代の農業ですが、化学肥料と農薬は勿論無く、堆肥や糞尿で、品種改良は適地選別の積み上げでした
ヨーロッパでも、麦は肥料喰いなので、麦畑の他に、放牧地つまり牛糞などで肥料を補い、休耕地を交え、これを三年で回転させる三圃農業が行われました
 
それが現在、アメリカ発祥の「緑の革命」、化学肥料と農薬と品種改良に依る形に一変しました
これで収量が一挙に数倍、十数倍になり、従来農法は駆逐されます
この特徴は野菜が、大きく形が揃う事です
スーパーで見かける通りです
味も変わり、アクやコクが消えました
そして私見ですが、アトピーやアレルギー、つまり免疫不全症が世界中に広がります
加えて遺伝子組換えが始まりました
これは害虫対策と雑草対策が目的です
野菜にあらかじめ遺伝子操作を施し、農薬耐性を持たせ、しかる後にその農薬をやれば、虫と雑草は死ぬが、野菜だけが生き残ると言うものです
もはやこれは、死の光景ではないでしょうか?
これがアメリカ、カナダ、ブラジルで行われ、はけ口を求めています
 
[福岡正信氏の自然農法]
この緑の革命でアメリカは悪魔の巨大農業国になりましたが、これを批判し「沈黙の春」を著したレイチェルカーソンが現れたのは、大きなアメリカの小さな良心でしょうか
でも彼女の後を追うアメリカ人は居ないようです
日本では福岡正信氏の自然農法が嚆矢でした
無肥料・無農薬・無耕起(不耕起)・無除草(叢生栽培)を唱えました
ただこれは余りにも衝撃的で、何もしない放置農業との区別が分かりません
この農法は、誰にも引き継がれず消えました
私ごとですが、若い時愛媛県に行き、氏に会いました
その横顔と感動、今でも覚えています
 
[川口由一氏の自然農]
川口由一氏の自然農になると、具体性を帯びます
無肥料・無農薬・不耕起迄は同じですが、苗を育て、周辺の草は刈ります
草との距離感が微妙で、この農法の肝です
当人は、虫や草を敵としない、と言います
私はこれを4年間試みましたが、夏場の草対策は鋸鎌だけでは追い付かず、平鍬ではつる糸川式を発見しました
書やネットだけで、実際の手ほどきを受けられなかったのもありますが、私以外にも離れていく人を知っています
極度に労働集約的で家庭菜園規模を越えられず、何か宗教の匂いが漂い、自分で考え、自分で歩けない気がします
 
そして今広がりを見せているのは、有機農業でしょう
無農薬・無化学肥料がスローガンです
有機肥料を施し、耕し、除草します
有機肥料は化学肥料程は虫を呼ばないから、かろうじて無農薬が成り立ちます
 
[有機農法での失敗]
さて本論ですが、木村秋則氏の自然栽培がどう言う物か、以下は杉山修一氏に依ります
木村氏は無農薬の8年間、酢や焼酎を害虫駆除に散布しています
この発想は有機農法であり、木村氏は有機農法でスタートしたのです
有害な化学肥料ではなく有機肥料なら、有害な化学農薬ではなく有機剤散布なら、それなら良いだろうと言う発想は有機農法です
 
[かぐわしい土と自然栽培へ]
それからの転換が、死のうと向かった岩木山で発見した、かぐわしい土でした
同じ土を再現する為、今迄の堆肥をやめ、大豆や麦を植えます
つまり人間が直接土に窒素肥料を与える有機農法ではなく、人間は直接手を下さずその役割を植物に委ね間接的にコントロールします
氏は後日、不完熟堆肥が産む硝酸態窒素でブルーベビー症候群が発生すると言っていますが、これは堆肥さえ拒み、有機農法と袂を分かち、別の世界即ち自然栽培に入った事を意味します
 
[叢生栽培と豊かな動植物相]
木村氏は大豆の根粒菌状態を見、その役目が終わったら、草を刈らず叢生栽培を始めます
同時に、無農薬なので虫を殺さず、無肥料なので害虫を呼ばず、草を刈らないので虫の棲家となり、植物相と昆虫相と微生物相が豊かになり、特定の害虫だけがはびこらないよう環境を誘導します
多様な環境を用意し、生物相の競争・捕食・寄生・相利を豊かにし、一つだけが突出する事を避けます
さあ、慣行農業、有機農法からは遠く離れました
草一本無い裸地こそ美田美畑の篤農家、或いは黒いビニールマルチに覆われて、動植物相は極度に単純化されています
この様な環境は、一つの害虫や病気が一挙に爆発しますが、これは自然が自然に戻そうと努力しているのです
 
[微生物相の窒素産生]
生物相が豊かになれば、微生物相も豊かになります
この微生物こそが、叢生栽培の大量の枯草や動物の死骸を分解して、硝酸イオンとアンモニアイオンに変え、植物に吸収され易い窒素を供給するのです
細かい事ですが、有機物の量もさる事ながら、それを分解する微生物の量と種類により、生産される窒素量が大きく変わります
例えば、有機物どころか化学窒素肥料その物を与えても最初の数年だけで、後は効かなくなる現象があります
これは窒素を自ら食べる微生物や、窒素をガスにして空中に放出する微生物が優位に立ち、野菜に行く窒素は少なくなるからです
化学肥料は、それに対応する微生物相を招き、自然は中和の方向に働いてしまうのです
 
[微生物相を誘導]
微生物相の細かいコントロールが続きます
木村氏の鋭い眼は、微生物に安住しません
植物には成長の早い遅いがあり、成長の速いものは多くの窒素必要とし、遅いものは窒素が少なくても生育できます
すると、植物相は遅いものが最後に勝つ事になります
窒素が少なくても生きて行けるからです
困るのは微生物相がこれに対応し、少ない窒素しか作らない微生物相が優位になり、窒素不足状態になる事です
それを察知したら、人間がこれを壊して撹拌し自然を誘導する事、これが自然栽培の動作です
これ、実は昔から行われています、里山です
放っておけば針葉樹林の暗い林になるので、時折これを切ったり焼いたりして、クヌギやコナラの二次林、つまり里山を維持するのです
自然栽培は里山農法では、と杉山氏は言います
自然栽培は、植物一本ではなく、植物相を栽培しコントロールしているからです
自然を栽培するのが、自然栽培です
 
[コミュニケーションと虫]
植物間のコミュニケーション、植物と虫のコミュニケーションがあると杉山氏は言います
タンニンやニコチンなどは、植物が虫害から守る為の忌棄物質で、虫が来れば産生されます
この時、攻撃された野菜の隣の野菜もタンニンやニコチンを産生し始めるのです
つまり植物はコミュニケーションすると言う事ですが、これが本来の自然状態つまり自然栽培では健全に作動するようになります
攻撃された植物がアルコール物質を放ち、これに隣の植物が反応するのだそうです
同じくこのアルコール物質が、天敵の蜂に救助を呼ぶ作用もあるのだそうです
これが植物が自然状態に置かれると、本来性を発揮するようです
 
[病原菌と自己免疫]
化学肥料をやると、植物は簡単に肥大し弱い体になり病気にかかり易くなり、虫や微生物の格好の的になります
肥料をやらないとその逆に、言うならば固太りの健康体に育ちます、ただ不格好ですが
同じく、植物が本来持っている自己免疫も健全に発揮されます
木村氏が言います、斑点落葉病にかかった葉が、自らその部分だけを切り落とし、葉に穴が空いて自分を守っていると
この現象つまり自己免疫も、有機農法から自然栽培に移行したら発動し始めたと

ネズミ退治

ネズミの事も、何も知らなかった
最初はじゃが芋だった
収穫したじゃが芋を、一斗缶に入れ部屋に置いた
びっしり汗をかき、腐り始めたので、慌てて籠に入れた
それから数週間、天井裏でネズミの運動会が聞こえて来た
じゃが芋は喰い散らされ、周りは糞だらけ、気持ち悪くなった
じゃが芋を米袋に、紙が何重にもなった丈夫で通気性もある物、これに詰め替えた
 
一方ネズミ退治の、殺鼠剤を買った
小袋が沢山、入っている
その小袋をそのまま、ネズミの通路に置いても効果はある、ネズミの多い場合は
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でもネズミが少ない場合は、その小袋、喰いちぎってくれない
そこで一考、小袋を破り、米粒状の中身をネズミの通路に置いた
おお翌日、その米粒状、一つも無いではないか!、完食だ
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じゃが芋より好物は、米だ
米は一斗缶やペール缶など、金属缶でもOKだ、これに入れる
ちなみにネズミは、大豆には興味が無いようだ
 
もう一つ、私は肥料や燻炭の為に、糠や籾殻も持っているのだが、これにも反応する
ビニール袋は簡単に、喰いちぎられる
これは量が多いので、それを金属の缶に入れるなら、ドラム缶数本が必要なのだろうが、そんな物、持っていないし、また扱いにくい
その周りに、殺鼠剤を撒いても切りがない
困った・・・

喘息

最近暖かかくなり、夜中に汗ばんで、目が覚めた
その後喘息が始まり、寝られなくなった
体全体で咳込むので、体力が奪われていく
苦しくて起きれば、体が痒い事に気が付いた
トイレ束子で体を掻いた、掻き出すと痒い場所が広がり、体中くまなく掻いた
そしたらあら不思議、喘息が止まった、少しは咳が残るが、苦しさはグッと軽い
助かったぁ〜

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ちなみにこの昔ながらの、棕櫚のトイレ束子は良い、掻けば痒みが止まるからだ
爪で掻いて困るのは、痒みが止まらず、血が出、続ければ皮膚が象皮になる事だ
この棕櫚束子は、是非に、特別に、広くお勧めしたい
 
さて原因だが、分かっている
ヤマザキの大福だ、二つも食べたのが原因だ
 
私は食品添加物のアレルギーで、スーパーのビニール包装品は全部アウトだ
ビニール包装は会社が作った物であり、会社は必ず食品添加物を入れる
そのビニール包装は、スーパーに並んでいる物の99パーセントであり、残りは大根、人参・・・、だけだ
 
次に添加物の含有量だが、物によりメーカーにより異なる事に気が付いた
ヤマザキパンは、30分から2時間で痒くなるが、Pascoは殆痒くならない
街のフランスパン店で聞いたら、ヤマザキは特殊で強力な、何某と言う物を使っていると言っていた
業界では有名な事らしい
またヤマザキはパンだけでなく、菓子や菓子パンで独占状態にあるのは、その添加物が理由だろうと思う
添加物のお陰で、低価格が実現できたのだ
 
結論だが、ヤマザキの大福二つは、私の致死量だと知った
私のような人は多い
長野県辰野町の「月のもり」も、子供のアトピーで引っ越しした人が始めた自然菜園の民宿だ
やはり料理店経営の人だが、子供のアトピーに苦しみ、知人に誘われオーストラリアへ行ったらトタンに快癒した、と言うのもそうだ
生きる為に日本料理店を始めたら、人気が出て大繁盛、と言うおまけ付きだった
 
私も、田舎に引っ越したらアトピーが治った
痒さから開放され、皮膚の象皮が消えた
本当に嬉しかったし、西洋医学の無能を憎んだ
只その他にも、花粉症、喘息、呼吸困難があり、改善したが完治とは行っていない

狩猟民族、稲作民族、交易海洋民

日本は、どうしてこうなのか?
日本人はその心、どこに置けば安心立命するのか?
日本とは何か、こればかり考えて来た
本ブログでも「出雲神話」に分け入り、「丹後王国」をのぞき込み、天皇のルーツに迫った
日本とはと言っているが、実は自分の事だ
自分の心の、最も座りの良い位置が分からない

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よくある解説は、稲作民族、農耕民族と言うものだ
これは協調性や閉鎖性を説明するのに使われるが、演繹性がない
先ず我々自身が、閉鎖性を嫌っている
その閉鎖性の先に、自分の未来を置きたくない筈だ
次に高度成長期に、都会への民族大移動があっさり起きた
つまり故郷や先祖伝来の土地や風習に、拘泥されていない
もう一つ、短い弥生時代の稲作如きで民族性など決まるものだろうか
民族性は、もっと長い縄文ほどのタイムスパンが必要ではないだろうか
稲作民族理論は原理ではなく、単なる結果の修飾語でしか無い
 
対するヨーロッパは、狩猟民族と言われる
進取の気性や成功の歴史を羨む気持ち、畏敬する気持ちが込められている
この言葉にも、ヨーロッパ人の次の行動を見る力はなく、演繹性は無い
 
そんな折ふとした事から、思考が始まった
丹後王国を調べていた時、倭人高句麗の南下を受け、連戦連敗を喫しているのに改めて気がついた
丹後王国を知らない人は、書紀でもいい
度重なる朝鮮出兵が記されている
何故何度も出兵したのか?
負けたからだ、勝てば一回の出兵で済む
それも連戦連敗、百戦百敗だった
(これを繕う為に、朝鮮から勇猛な日本兵が請われたと言っている
つまり他人の戦争であり、自分が負けたのでは無いと言外に匂わせている)
魏志倭人伝を素直に読めば分かるように、又あの当時の鉄と交易を見れば分かるように、あの当時の朝鮮南岸は倭人の土地だった、と私は思っている
これが突如始まった高句麗の南下に対抗すべく出兵したのだが、歯も立たず負け続け、任那を最後にすべての土地と港を失い、敗戦の記憶も拭い去ったと
 
さて何故負けたのか、がこの文章のテーマになる
朝鮮半島は中央を山脈が走り、西は湿った風が山脈に当たり多雨で湿潤、東は山越えの乾いた風で冬は寒く土地は痩せている
西は豊かな稲作地帯、東は当然、遊牧、牧畜、騎馬の文化となる
そこで生まれる軍隊は、騎馬民族の騎馬軍団になる
 
その絵を見て驚いたのだが、騎馬武者は鉄タイルの鎧に身を包み、眼しか現れていない
それどころか馬までも、鉄タイルの鎧に覆われ、まるでアメリカの宇宙映画の戦士のようだ
次に驚くのはその戦さの、その方法その流儀だ
進めば馬で蹴散らし破竹の勢いで勝つのは当前だが、その地の畑と家畜を全部収奪し、自軍の食料にする
それではその地の人の食料が無くなるではと思うが構わない、皆殺しにするからだ
命乞いをする者は助けるが、次の戦争の最前線に立たせ、やはり殺す
蒙古襲来を思い起こせばいい、あの残忍さと同じだ
 
こんな戦争、どう思う?
騎馬民族と言い、狩猟民族と言うが、これが実態だ
こんな戦争、こんな民族、羨ましいだろうか?
ヨーロッパでは民族大移動と言い、言葉は綺麗だが、内実は皆殺しと放逐がその実態だ
これを知ってなお且つ、騎馬民族、狩猟民族に憧れるだろうか?
近年でもアメリカとオーストラリアで「民族大移動」が起きた
起きたのはインディアンとアボリジニーのジェノサイド、皆殺しで、それを「民族移動」「移民」と言い換えている
彼らの戦争や移動とは皆殺しであり、それを知らずに彼らと戦争などしてはならない
 
対する倭人の「出で立ち」は、頭こそ兜だが後は手甲と脚絆だけ、勝負にならない
海洋民は何処でもそうだが、戦さは下手だ
もう一つ勝負にならない理由は、倭人は夏だけで、季節風吹き荒れる冬の日本海を渡れない
冬の間に好きなように、港を蹂躙される
翌年の夏に兵を差し向けるが、冬にはまた取られる
これが何度もの出兵の、真相だと思う
 
縄文人は「交易海洋民」だと思う
これが長い縄文時代に、刷り込まれた縄文人のDNAではないだろうか
教科書に言う狩猟採集の文化だけでは、決して今の日本人は生まれない
交易と言うが、それは商人(あきんど)の事だ
人とは、相手に喜んで貰ってナンボ
そこで初めて物々交換が成立する
戦争で入手する民族と、商いで入手する民族と言うふうに見ていけば、日本人の性質はトタンに見えて来ないだろうか
人の気持ちに敏感で、本体なら移動と自由を好む、そんな日本人を説明し、予測もできるのではないだろうか
移動と自由を縛ったのは、奈良平安の律令制武家政治、つまり稲作ではあったが、高度成長期で先祖返りを果たした、と思う
 
反対に勝った朝鮮は、その後どうなったか?
戦争には勝ったが、少数の搾取する貴族階級と、広汎な農奴だけから成る社会、その社会は完全に停滞し、20世紀まで続いた
ヨーロッパでも同じだった
民族大移動の後は、勝った者は貴族となり負けた者は農奴となり、暗く長い中世に突入している
 
私も漸く、自分の心の置き場所が見つかった気がしている
回りの人、疎遠を問わず、すがすがしく心地良くなって貰えるよう応対したい
目的や下心があるのでは無く、自分の為だ
そうする事が、自分の気持ちをすがすがしく保つ最短の方法だと思う
更には自分をそこに置けば、どの方向からの変化にも居ながらにして対応できそうに思う

夜中、突然、呼吸困難

もう、10年程も前からだろうか?
3時間程で、誠に嫌な夢と共に、夜中に目が覚める
 呼吸困難だ、死の恐怖だ
 
寝てられなくて、起きる
起きると、少し楽だ
外の空気を吸えば楽になるかと、冬の真夜中でも外に出る
人によっては、一晩中歩き回ると言うのもあるそうだが、心から分かる気がする
 
道志村は標高が高いので、余計息が苦しいように思われる
川崎の武蔵小杉では、毎晩は起きないからだ
隣の別荘の主人も、ここへ来ると息が苦しいと、同じ事を言う
 
呼吸の事だから、呼吸法の禅体操が良いのではと始めると、じきに苦しくなる
胸が鬱血する感じに襲われる
この体操は仰向けで、足を壁にもたせ掛けて高く上げ、胴が低くなるから的面だ
意外な所から、寝ると苦しい、胸が低いと苦しいと言う共通点が見つかる
どうも、寝るのと禅体操、共通点は胸の鬱血のような感じだ
 
ちなみに私は、重度の花粉症で、食品添加物の重度のアトピーでもあるから、その方面の喘息と言うのが、ネットに沢山見つかる
これは分からないし、気管支と言う感じは今の所、していない
それより胸が小さくなった、と言う感じか
 
恐怖に突き落とされるこの呼吸困難だが、意外な助け舟がある、朝日だ
不思議な事に、朝日が出ると呼吸困難にはならず、初めて安心して寝付く事ができる
つまり、9時に寝て12時に目が覚め、苦しく不安な長い時間を耐え、6時の朝日を見てようやく安心して眠れる、と言う毎日だ
喘息持ちで禅体操を考案した樺島勝徳氏も、同じ事を言う、朝日だけが命の綱だったと
 
道志を売り払い、武蔵小杉に帰り、そこの市民菜園を借りようか!?

花粉症

花粉症の季節が来ました
例年なら、立春と同時にやってくるのに、今年は寒く長い冬の後、一ヶ月遅れで珍しい事です
その分堰を切ったように襲い掛かってきました

 

このブログの最初の頃に書いた、樺島勝徳氏の禅体操の記事、コンスタントに閲覧されて有り難い事です
樺島勝徳氏の人徳、ネームバリューなのだろうと、感謝しています
さてこの禅体操、毎日やっていますが、花粉症にも良く効くので、是非お知らせしたいのです

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この禅体操は基本的には、呼吸法に合わせてインナーマッスルを調整し刺激するものだと思っています
なので、肩や腰、膝や踝の痛みに効きます
私が初めたのも、登山で痛めた膝に苦しみ、人づて本づてに辿り着いた樺島勝徳氏の本がきっかけでした
病院でも整骨院でも、永らく治らなかったのに、たちまち治ったのでびっくりしたものです
もう一つのびっくりは、その年の花粉症に、その春は掛からなかった事でした
この禅体操、花粉症にも効いたのです!

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私の花粉症は古く、高校生の時にははっきりと記憶があり、その当時は花粉症という言葉があったかどうか、と云う古い時代からのものです
且つ、重症、重体に属し、生活や仕事は当然、睡眠もままなりませんでした
長年、耳鼻科に行き、強烈なステロイド剤で押さえ込んでいたのです

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この禅体操で花粉症が治る機序ですが、私は以下のように解釈しています
禅体操で、体幹インナーマッスルが刺激され鍛えられ、姿勢筋が蘇り、胸が開き、背筋が伸びます
同時に、姿勢筋イコール呼吸筋ですので、その呼吸が深まり、大量の酸素が血液に補充されます
同じく、姿勢が伸びて上焦部が広がると、その場所つまり胸、顔、特に鼻にも多量の血液と酸素が供給されます
かくして鼻の粘膜が、血流から酸素と栄養を受け取り生き返り、花粉症に打ち勝つのだと思うのです


最期に、この禅体操、即効性があります!
鼻ズルが始まったら、即、禅体操を初めます
するとあら不思議、たちまち鼻ズルが収まります
数時間しか効かない場合は、体幹インナーマッスルが出来ていなくて、元に戻るからですが、その時は、またやれば良いのです
毎日やっていれば体幹が育つので、最初から鼻ズルは起きませんし、発症しても軽く済みます

 

あ、もう一つ注意すべき、大事な事があります
禅体操を欠かさないのに、ダダ漏れの鼻ズルに見舞われる事があります
この時は体が、代謝不足になっているのです
 
風邪を引く、と言います
その風邪とは、何でしょうか?
気が付かない内に、体を冷やしているのです
そうすると体は、遅れを挽回しようとして、体温を上げて、つまり熱を出して、遅れた代謝を挽回しようとします
この時もう一つ、体が冷えた分だけ、水分が汗として発散出来ず、小便も出ません
つまり体に、余分な水分が蓄積されます
これの挽回措置が、鼻水なのです
これが花粉と合わせて、鼻ズルになるのです
 
対応は、よく寝て、寝汗をかくことです
かいたら、よく乾いた下着に替えましょう

邪馬台国は熊本県、伊藤雅文氏

f:id:ondonpi:20180222144449j:plain古代に分け入り追っていけば、邪馬台国畿内説は荒唐無稽とすぐ分かる
確かに、魏志倭人伝日本書紀しか読まなければ畿内説になる、とは思う
 
その魏志倭人伝だが、伊藤雅文氏は、邪馬台国は熊本と、あっと驚く快刀乱麻、中国文献の読みの深さ広さを見せた
漢学者の魏志倭人伝論を見た事もあるが、上から目線だけで、魏志倭人伝を馬鹿にすればするほど、自分が偉くなると思っている論調で、内容は無かった
その意味でも、伊藤氏は偉い
 
その魏志倭人伝、改めて読んで思ったのは、その記述の完璧さ、簡潔さ、美しさだ
僅か二千字余りに、国々への里数、位置、戸数、政治体制、国際関係、経済交易、生業風俗を、まじまじと彷彿させて余りある
(これだけサービスして戴き、加えて遡る漢代の記述と、下る南北朝の宋代の記述が残る
後はその間を日本書紀で埋めれば、日本古代は嫌でも浮かぶ
勿論、古墳と神社と伝承の分析や、考古学の成果は感謝この上ない)
その魏志倭人伝と合わせて、かねてよりの自説を補強したい
 
1)誰もが驚くその最初は、倭人伝のその里数だ
帯方郡から七千里で狗邪韓国、千里で対馬国、千里で一大国、千里で末盧国、五百里で伊都国、百里で奴国、百里で不彌国と続く
これでは後を読もうという気が無くなる
その里数だが、伊藤氏は一里は70mと言う
そうすると倭人伝は、帯方郡(ソウル)から490kmで狗邪韓国(釜山)、70kmで対馬国(対馬)、70kmで一大国(壱岐)、70kmで末盧国(唐津)、35kmで伊都国(糸島市)、7kmで奴国(福岡市)、7kmで不彌国(博多)となって納得の数字になる
 
2)進む前に、倭人伝は、狗邪韓国を倭国と認識している事に驚く
狗邪韓国を北岸と書き、朝鮮は倭と接していると書いているからだ
私も丹後王国を調べた時、朝鮮南岸は倭人で溢れており、ここは倭ではないかと思った
そうすると貿易ではなく、国内流通になるからだ
倭王武も、北は九十五ヶ国を平定と言っているが、これとも符合するのだ
(これは二言目に渡来人と叫ぶ学者とも異なるし、楽浪郡は出張所であり征服されたのではないと言い張り、ましてや朝鮮に一寸たりとも倭の地は無かったと言い張る韓国人とも、異なる立場に私は立つ)

3)さて魏志倭人伝の問題中の問題、水行二十日で投馬国・水行十日陸行一月で邪馬台国、との記載、これに学者は長く悩まされ、分裂した
為に邪馬台国は、東は大和から南は沖縄迄、日本各所に比定され、未だに決着していない
私は不思議に思う、倭人伝ではこの行程の最後に、合計で万二千里と記しており、これから不彌国迄を引くと、千三百里になるではないか
これを分けて例えば六百里と七百里にすれば、不彌国(博多)からの行程は、42kmで投馬国(吉野ケ里)、49kmで邪馬台国(熊本)と判明する
その六百里を水行二十日、七百里を水行十日陸行一月と書いたのは何故か、これを伊藤氏は、宋代の時代背景から解読し、善意の改竄と、喝破したのだ
邪馬台国は北九州のどこか、とは思っていたがこれですっきりした

4)倭人伝が記す戸数も、古代を考える時、国力や軍事力を考える時、重要な数だ
奴国がニ万戸、投馬国が五万戸、邪馬台国が七万戸で、他は数千戸が並ぶ
村の規模、村の大きさなのだ
戸数最大の邪馬台国が、北九州を統一した事がよく理解できるし、当時の戦争がどのような物だったかを推しはかるよすがになる
 
5)同じく漢書で、朝貢し金印を授受した奴国だが、この時期は邪馬台国支配下に降っている事も分かる
倭人伝では、各国の政体も漏らさない
王は邪馬台国だけで、他の国は皆、官と副官だけが列記されている
 
6)狗奴国は問題だ、邪馬台国の配下にない
北九州の弥生人は、稲作が出来ないシラス台地の南九州には興味を示さず、進出しなかった
そこに在る薩摩日向こそ、独立国の狗奴国の立地があると思われる
それ故にこそ、こ薩摩隼人後の歴史や神武天皇に係わって来る事になる
 
7)倭人伝の最後に列記されるあまたの旁国は、上のように見てくれば九州が尽き、四国中国の国々であり、邪馬台国の範疇外である事も分かる
そこには出雲や丹後王国が、海路による交易にいそしんでいたのだ
後は私のブログ、「消された縄文、丹後王国」に続きます

七輪で焼き魚、新聞紙の火起こし、着火

焼き魚は、みんなどうしているのだろう?
ガスコンロ付属の、天火だろうか?
最近は、上火だけでなく下火のあるのもある
でも私はこれを、やらなくなった
受皿の器具、これが巨大で、その洗いが鬱陶しい
ある友人は工夫し、魚の下にアルミホイルを敷き、これで改善されたと言っている
でも最近は、フライパンにクッキングシートを敷き、焼くようになった
生魚だけで無く、干物、塩漬け、皆うまく焼ける

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ネットを見ていると、七輪とその着火法が賑わっている
で、お隣の七輪を借りてやってみた
七輪の内側に、丸めて棒状にした新聞紙をめぐらし積み上げ、真中に空いた穴に、火の付いた新聞紙を入れる
頃合いをみて、炭を乗せていく
最初新聞が燃えている時は、煙がでるから、屋外でやる
都会の庭先なら、かろうじてできる程度かと
新聞が燃え尽き煙が出なくなったら、室内に持ち込める、火鉢代わりにもなる
秋刀魚は勿論、屋外で焼くだろうが・・・

さあこれで、煙と油に燻された美味しい秋刀魚、ブリの巨大なカマが、食べられるゾ!

稲垣えみ子、GDP、自給自足、DIY

稲垣えみ子と言う人がいる
生活を徹底的に断捨離する、ミニマリストと言うのだそうだ
電気が、月150円とか
掃除機、洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、電気オーブン、エアコン、皆使わない
及ばないが、自分と似ていると思った

それを各所で講演した折、質問を受けた
その著書に沢山の栞を挟んだ人だったと言う
ただその本が図書館から借りた本と分かって激怒した、とツイートしてしまった
これでネットが炎上したという、稲垣はただのケチだと
ちょっと残念に思った、問題はもう少し深いものだと思うからだ

先ず、私が家電を使わないのは、落ち着いてみれば、その方が楽だからだ
掃除機と箒は同じ手間なのに、掃除機は時々そのごみ処理の作業が必要になる
エアコンも不要だ
趣味の登山で基礎代謝が向上し、夏の暑さは苦にならなくなった
断捨離が目的ではなく、その方が楽だったから、私は自然にそうなった

次に、家の20km内にスーパーが無い
食べ物は、畑で野菜を作り自炊した方が早い
物は、工夫したりDIYする方が早い
お金は急速に、要らなくなった
段々、自給自足、自由自作の生活になって行った
そして、これが楽しいのだ
生活が深く納得できるものになり、充足感が満ちてくる
都会での、働いても働いても、買っても買っても、埋められない飢餓感が、初めて消えた
人間はその体の周りに、ある程度の空間が必要なのだと思う
その空間が狭められ剥ぎ取られていくと、足りなくなる必需品を買う為、労働が生まれる
都会生活は、ねずみの回し車に似てくる
どれだけ走っても、一センチも進まない
この剥ぎ取られ方に正比例するのが、労働と購買だ
多くの人では、労働と購買の額は一致する
労働で金を得、購買でその金を消費するからだ
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その労働と購買だが、これがGDPでカウントされる
私はこれは、不思議な数字だと思う

労働と購買は、反対方向の動きであり、足せばゼロになる筈の、労働の金と、消費の金が、両方向でカウントされるからだ
何を言っているか、分かるだろうか?
例えば私の生活は、GDPにカウントされていない
耕すのと食べるのが一致し、作るのと使うのが一致し、その間に金は移動しないので、カウントされない
そうするとGDPを増やす為には、人から周辺空間を剥ぎ取れば良い事になる
沢山剥ぎ取れば、沢山の労働と沢山の消費が生まれて、沢山のGDPが残る
都会人は、私から見れば丸裸、丸腰に見える
平らな水面を叩いて波を起こし、その山と谷の数をカウントして何の意味があるのだろう
ならせば、元々ゼロなのに
これが経済だろうか?
これが増える事が、経済成長だろうか?

日本書紀の小嘘と大嘘、皇統譜

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以前のブログ「出雲神話は本当です」で皇統譜に言及した
初期の皇統譜15代迄は、日本誕生の動乱に関わった同時代の立役者、物部、出雲、尾張の王たちを、本来の横並びではなく縦に積み上げた物だ、と
それはどうも、小嘘に気が付いただけの事だったようだ

そして今回「消された縄文、丹後王国」で日本建国前夜の縄文人倭人、それらが担った日本海の交易をつぶさにのぞき込んだ
大和に統一王権が生まれると言うが、この環太平洋ならぬ、環日本海貿易圏を脇に置いて、尚且つそのおこぼれに預かりながら、大和が独立したり、日本建国などできる訳がない
自立の為には、先ず瀬戸内ルートが開かれなければならない
次に日本海ルートが凋落、或いは少なくともマイナールートに追い込まなければならない

それが現実の物になる訳だが、理由の一つは遊牧民高句麗の南下であり、南朝鮮に展開していた倭人が、この戦争に連戦連敗を舐めている事である
古代日本が何度も朝鮮に出兵している事を不思議に思わないだろうか
これは朝鮮の依頼ではなく、自分の権益を守る為だったのだ
これにより日本海交易圏は、衰退していった
もう一方の瀬戸内航路だが、これは時代と共に拓かれて行き、時間の問題になっていた

私が言いたいのは、この条件が揃うのは遥か下って継体天皇辺りではないだろうか、と言う事だ
つまり、仁徳天皇雄略天皇も書紀では名君、大王扱いだし、日本全土に君臨したような書き方だが、その実は大和の地方史だったのでは、という気がしてならない
つまり、これが書紀の大嘘では無いだろうか
これは重大な事で、今後考察を深めて行かなければならない

ちなみに書紀が、神武以来の統一国家と言う、そんな嘘を構えたのは、不思議でも何でもない
一つは南朝鮮の権益を完全に失った白村江の大敗、この敗戦処理で唐に対して見栄を張らなければならなかったのと、もう一つは藤原氏の神話時代からの嘘を固める為に、歴史を飾った、それだけである