ondonpiのブログ

山と川の間に迷い込み、掘立小屋で自炊し、猫の額ほどの畑で自給し、大脳と小脳の世界に遊びます・・・

消された縄文、丹後王国(その2)

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[竪穴式住居、狩猟採集、丸木舟]
竪穴式住居や狩猟採集や丸木舟は、学校で教える縄文ですが、私には不思議でした、そんな生活、何が楽しいのだろうと
私の脳細胞が反応し始めたのは、各地の遺跡から黒曜石やサヌカイトが出ると知ってからです
これらの産地は、四国や伊豆諸島など限られています
三内丸山の青年が一人で伊豆大島へ旅立つ筈はありません
これは通商ルートがあった事を意味し、ここに学校が教える狩猟採集の縄文イメージは崩壊します
そして縄文人の、生活を便利に楽しくとの思い、今日の我々と何ら変わらないのと知るのです

通商としての陸路は当然あったでしょうが、欠点は遅く少ない事でしょう
物量は一つの村に溢れて始めて、次の村に移ります
その点海路は、情報と同時的なスピードに加え、数と量が捌けます
つまり船です
船では海岸の村だけだと思うでしょうが、これに川を加えれば、一気に日本中が網羅されます

この船、もう一つ学校が教えた無知があります、丸木舟です
子供の頃ひと夏掛けて、ドラム缶を金鋸で縦割りにし、バスタブの様な船を作りました
水に浮かべたら、丸いからクルリと回転し、十メートルも行かず転覆します
もう恐怖で、海どころではありませんでした
海で転覆しない為には、西洋の竜骨船か縄文遺跡で見つかる平底船になります
その底板は、鉄も鋸も斧もない時どうやって作るのでしょう
丸太の目を読み、その目に沿って石の楔を沢山打ち込み、叩き割るのです
こうして得た分厚い底板に、丸木舟を縦に割った片方を舷側とし防波板として両側に当てるのです
さてこの平底船、今も漁村や海水浴場で使われ、使わない時は岡に引き上げられ、何の進歩もしていません
中国のジャンク船も、構造は同じです
(私が教科書で受けた違和感、ここではっきり分かります、縄文人を最初から馬鹿だと思っているのです
丸木舟は駄目と子供でも分かるのに、本しか読まない学者は平気で、縄文人は丸木舟と書くのです
利便と利益を求め、工夫と死力を尽くす縄文人、我らとどこが違うのでしょうか)

[因幡の八上姫、越の奴奈川姫]
さてこの船、この時代まだ帆は無く、手漕ぎです
恐る恐る海岸線を舐めるように進み、一体一日何キロ進むでしょうか?
潮の向きもありますから、十キロ〜三十キロでしょうか?
何処に寝るのでしょうか?
長旅の場合、食料はどうするのでしょうか?
商いの荷を積み、襲われないのでしょうか?

書紀は不思議と驚きに溢れていますがその一つ、大国主命は、因幡の八上姫や越の奴奈川姫と結婚しています
何故、唐突に、あんなに遠い所の姫と・・・
と思うのですが、これで海岸線と通商路の安全が確保される事に気が付けば、頭を痛打の衝撃に眩むのです

[倭王武]
また、時代は下り五世紀の宋書に拠れば、倭王武が述べています
我が祖先は、東は毛人五十五カ国、西は衆夷の六十六カ国、北は九十五カ国を平定と
どこにそんな沢山の国がと、呆れる数ですが、日本海の東の村々(都市国家)五十五カ国、日本海の西の村々(都市国家)六十六カ国、北の朝鮮半島の村々(都市国家)九十五カ国、と思えば俄然その数、現実味を帯びてきます
平定と言っていますが、通商関係に参加した日本海の村々(都市国家)と解すれば、深く納得するのです

さて、倭王の讃珍済興武が誰か、書紀は沈黙し、学者は分裂していますが、理由があります
後述しますが、この五王は大和の王ではないのです
これを見落とすから、議論は発散するのです
大和が眠っている時、足繁く朝貢していた倭の五王は、日本海の丹後の王だったのです
この時代まで下れば、村々(都市国家)との通商は、婚姻ではなく、朝貢的契約関係に変化している事も分かります

消された縄文、丹後王国(その1)

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割りと最近アップした記事「アイヌと縄文と蘇我氏」では、人類の「出アフリカ」から縄文人誕生への過程を試みました
出アフリカは、数万年〜数十万年に亘って波状的に発生し、ヨーロッパやアジアに広がります
その最初の新人類である抱合語語族が、後続の屈折語語族(ヨーロッパ人)や膠着語語族(アジア人)に追われて、東アジアの島嶼部やアメリカ大陸に逃れたのでしょう
その一部が日本列島に辿り着き、アイヌ人や縄文人の始祖となったのは分かるのです

その後の数万年の沈黙を経て、突然!?、現れるのが、日本書紀に記される出雲国です
その出雲を征服して三世紀に誕生したのが大和政権だとの趣旨で、遥か下った七世紀に、四百年も前の事を思い出して綴られたのが日本書紀です
これを書いたのは藤原不比等であり、当然藤原史観であり、藤原正当化のストーリーで貫かれています
その歪曲の度合いをあばき、真実の程を垣間見ようとしたのが、本ブログの初めにアップした「出雲神話は本当です」の記事でした
ただ、出雲を否定して大和が生まれたと云うのは、この意味に限れば、正しいと思っています

さてその中間、つまり列島に辿り着いた抱合語語族が、出雲国建国に至る迄の中間は、縄文時代と言い習わされます
その最初から最後への飛躍は大きい物がある訳ですが、これを埋める説明がなく、一っ飛であり、繋がらないのです
縄文時代にズームインすれば、何が見え、なぜ出雲国が誕生し、大和政権誕生に繋がったのか、それを私は知りたいのです

これから数次に亘り、縄文と、そこにあった日本海王国に分け入りたいと思います
現在の言葉、風習、考え方など、ゾクゾクするほどの共通点、そうだったのか感、満載の物語が展開します

自然農法

[無除草]
草のことを述べたい
私は自然農法に憧れて、畑を始めた
無肥料、無農薬、無耕起、無除草は福岡正信氏の四無主義
虫や草を敵としない、は川口由一氏
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最初にぶつかったのは草だった
次々に生え、一斉に生え、たちまちお手上げ状態になった
雑草は、強く早い
日照で負け、根張りで負け、私の野菜は消えた
炎天下の夏空、手作業の草むしり、三畝の畑は地獄だった

私は考え込んでしまった
竹内孝功氏は、苗の根本根圏は草むしり、成長した野菜の自立根圏の草は地表で刈り、その外の草との共存根圏の草は高刈りする、としている
川口由一氏も、地表に鋸鎌を走らせ草を刈っている
木村秋則氏のりんご畑が草ぼうぼうなのは、りんごの木が草よりも背が高いからであり、既に高刈り状態だからである

糸川氏はもっと素晴らしい
根圏などと細かい事は言わず、草は鎌で刈らず、平鍬ではつるのだ
最初畝を片側づつ平鍬ではつり、草を通路に落す
次に通路をはつり、炒飯状の草と土を畝に戻すのだ
これは同時に、土寄せが進行する事を意味する
これには脱帽した
ただこの為には、苗の両側をはつる為に、畝には一列しか植えられない
勿体無いから、畝はペアで作る、或いは畝の中央に溝を作ると云う感じになる

さてこれで解決、とはならなかった
私の畑が七畝に増え、糸川式でも追いつかなくなった
それに糸川式は、草丈が高く茎が固く丈夫になると、使えない方法だった
この時だった、「中耕」という言葉の意味を知ったのは
これは通路に耕運機や管理機を走らせる、と云うものだ
つまり、耕運により通路の草刈りをしているのだ
砕いた土を、畝とその草に盛れば、土寄せと同時に、草退治になる
耕運機が無ければ、刈払機でもいい、これで通路の草を刈る
残る畝の草だけなら、鋸鎌や草刈鎌で追いつく

私は思う、最大、最良、最楽の草むしりは、耕す事だ
思い返せば、私の畑は20年放置の原野だった
草丈は背を超え、向こうが見えなかった
これを私は迷わず刈り倒し、耕したではないか
最良の草刈りは、耕す事だ
種を蒔く時や、苗を移植する時、予め耕すのは、草をゼロにする為だ、当然だ
野菜が成長している時には耕せないから、苗に近い草は地表で刈り、遠い草は高刈りしているだけなのだ

因みに夏に生える、イネ科の雑草は要注意
根が逞しく、抜くと30cm四方の土もろとも抜けて、大穴が開く
且つこれは密生するから、二つ抜くと60㎝の穴が空き、隣の夏野菜、トマトやナス、マメ科やウリ科の根も一緒に抜ける
地表に鋸鎌を走らす方が、賢い
同様にブタクサ、アカザ、キク科の雑草、これも小さい内に抜く
根が大きいからだ
ありがたい事にまばらに生えるから、見つけて一本づつ抜けばいい

このような愚痴を聞けば何故、ビニールマルチを使わないか、と人は言う
事実大規模農家は勿論、有機栽培と謳っても、当然の様にビニールマルチ使っている
これをやれば、どうなるか?
有機体が土に戻らず、肥料が枯渇し、その先には悪魔の化学肥料漬けが待っている
同様に、篤農家が夢見る草一本無い畑は、真面目に見え、頭が下がるが、狂っている
この意味で私は、自然農法に留まっている

[無耕起]
無除草を語りながら、無耕起に付いても語ってしまった
つまり私は、無除草に加え、無耕起にも反対の立場を明確にする
加えて、施肥の事もある、これを鋤き込む為の耕起も必要だ
更に、じゃがいも掘り、山芋掘り、里芋掘り、ごぼう掘り・・・、事実上畝を破壊しているではないか

[無肥料]
次は無肥料だ
化学肥料は恐ろしい
最初はその効果、的面な効果に仰天する
実だけ、葉だけ、茎だけ、或はその三つが異状に肥大する
これを豊作と見るか、カタワと見るか

人にナスを沢山貰ったので、半分漬けた
漬かって取り出し手で水気を絞ったら、指の間からナスが、溶けて崩れてはみ出した、ジュルジュルと
細胞組織が、壊れているのだ
木村秋則氏のリンゴの腐敗実験と同じだ
その人は農協農法、化学肥料漬け農法の信徒だった
私の無肥料は、無化学肥料と云う意味でYesである

只私も、籾殻燻炭か有機石灰、ボカシ肥料はやっている
原生林だった畑、翌年はスギナが密生した
自然農法の人は、原生林は肥えていると言うが、その土は強酸性に偏していた
籾殻燻炭を施肥した翌年、スギナは消えた
見事と言っていい
またジャガイモもそうだった
畝に燻炭の有無、片方は芽欠きもしないのに大玉が揃い、他方は貧弱な小粒ばかり、効果は明白だった
肥料喰いの里芋でさえ、燻炭だけでもかなりの粒が揃う
ニンジンも、背割れが無くなり、青芯が消えた

ボカシは自分で作る、完全な有機を見届ける
或は、素性が確かなら、買っている
自分で作るより安いのに、脱帽する
さてこの意味で私は、無肥料とは言えない

[無農薬]
これは完全にYesだ
と云うのは、私は長く老人性アトピーに苦しんだ
医者も分からず、治らず、匙を投げ、十年近く経ってふとした事から、つまり掘っ立て小屋で自炊したら治った
無農薬、無肥料の自分の野菜で初めて、食品添加物から逃れられた
添加物、これが原因だった
その証拠に、スーパーの食品、実験的に一つづつ食べたら、二時間ほどして必ずアトピーが出た
食品添加物の無い玄米でも、アトピーが出た
玄米の栄養豊かな糠部分、そこには化学肥料と残留農薬も豊かだったと云う落ちだった

因みにスーパーの食品、包装されている物は全部アウトだった
包装は工場生産の証し、工場は必ず添加物を入れる
包装されていない物、大根、人参・・・だけが辛うじてセーフだった
意外だったのは卵と鶏肉、これが一番アトピーが激しかった
今のブロイラー、抗生物質漬けで工場生産されていると思いだした
只、鶏肉コーナーの一角、地鶏はアトピーが出なかったのは、新鮮に驚いた
詰まる所、食品添加物の親分は、化学肥料と農薬では無いかと疑っている
だから農薬は、決して使わない

もう一つ野菜に、病気を呼び、虫を呼ぶ原因は、化学肥料では無いかと思っている
と言うのは私の畑は虫が来ず、また来ても育つのに、隣の人は、白菜に不織布のトンネルをしても、薬をやっても虫が来る、と文句を言っている

私は化学肥料は、カタワを作ると思う
姿だけでは無く、細胞や組織が脆弱に育つのでは無いだろうか
だから病原菌即ち病気に掛かり易く、抵抗力が無いから虫に狙われる、と思えば納得がいく
そのような野菜が、胃袋に入り腸に入り、木村秋則氏の腐敗実験の様に、本来なら腸で発酵すべき物が、腐敗するからでは無いかと疑っている
化学肥料と農薬、これはイコールであり、セットではないだろうか

山芋、大好き

私は山芋が、大好き
とろろご飯は、美味しい
ただ山芋と長芋の区別がついているかと言うと怪しい
去年ホームセンターで長芋の種を買ってきた
植えたんだけれども、なんか小さくてしょぼく、そのうち消えてなくなった

年が変わって今年、去年植えた所から芽が出て蔓が伸びてきた
生きていたんだ、と感動した
巻き付く竿も、立ててやった
そしてその蔓、今年の夏は立派に生い茂って くれた

その蔓も枯れて一か月ぐらい経ったので、芋を掘ってみることにした
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80cmくらい掘ったろうか、ようやく取れた
ちなみに、深さ80cmになるとスコップは届かない
穴の直径を1mに広げ、その穴に降りて掘る事になる
つまり大穴を、掘らなければならない
土は固くなかったが、穴三つは疲れた
明日も三つ、掘る予定

さてこの芋、長芋というより、スーパーで見る大和芋に似ているような・・・

カスピ海ヨーグルト、味噌、納豆、どぶろく、葡萄酒の自給自足

自給自足は楽しい
春野菜、秋野菜、と作れるようになった
肉は買うしかないが、釣りなら昔からの趣味だ
(田圃が無いので、米は買っているし、緑茶やコーヒー生豆も買っている)

さて、 買物の常連に、味噌、納豆、ヨーグルトがある
これらは日々の使用量は少ないが毎日だから、結構な金額になる
次に買わざるを得ない物として、酒がある
金額的にも、食品の次で、イタイ
これらの共通点は発酵食品であり、専門的であり、作るのが面倒であり、 従って買ってしまう訳だが、以上合計すれば月々の出費のかなりの部分を占めている

実は最初、面白そうなのでやってみたが、じきにやらなくなった
先ずヨーグルトだが、わざわざ常備するほど好きではなかったからだろう
ただ最近、カスピ海ヨーグルトの、とろーりねっとりのおいしさにびっくりし、 俄然やる気が出てきた
加えて体が、無性に欲しがる時がある
多分カルシウムが不足している時なのだろう
下の写真、その容器には、たっぷり1リットル強のカスピ海ヨーグルトが熟成している
ケチケチしないで、腹一杯もOK
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味噌も作りたい
ネットで調べると、その作る量と、仕掛けや作業の規模の大きさに仰天し、とても自分には、と思う
上の写真はヨーグルティアと云う商品だ
これの取説に、1リットル容器で味噌を作る方法が載っていた
これならヨーグルトと同じ、楽ちんだ
家庭なら、一ヶ月一回だろう
出来る気がする

次に納豆だが、これが続かなかったのは、小分けで作らなければならない、と思い込んでいたからだろう、手間だし面倒だった
今は同じく、上のヨーグルティアで、まとめて器にいっぱい作ればいいではないか、と気が付いた
もう一つ大豆が高く、納豆で買った方が安かったからだ
が、今は大豆も作付けし、たっぷり貯蔵してある
これからは腹一杯(?)、食べられる

どぶろくも作った
これを飲んで酔っ払った時には、驚いた
まさか自分如きに本物が出来るとは、思わなかった
ただ素人には、完璧な火入れは難しく菌が残り、暫く飲まないと酢になった
これが、続かない理由だったと思う
ならば1リットル位の、少量づつを作ればいい
月々の酒代は、馬鹿にならないのダ
下の写真は2リットルの鍋と、発熱電球、それを入れる発泡スチロールの箱、これを自作したのだが、これが失敗の原因だった
私は、仕掛けが大掛かりになると、続かない性格らしい
1リットルなら、上のヨーグルティアで十分だし、シンプルだ、それなら続く気がする
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最後に葡萄酒だ
知る人ぞ知る、これは数ある酒造りで、一番簡単な酒だ
現在、マスカットベリーAを育成中!
沢山なって、たわわに実ると、イイナ・・・

進化する世の中、専門化する世の中

著名な落合務氏、その店la bettolaは予約の取れない事で有名
それは知っていた、若くしてイタリアへ、偉い人が居るものだと
ただ、それが身の回りの日常に迄迫っていたとは、知らなかった

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自由が丘のイタリアン、la gita
このシェフも都内有名各所イタリアン、そしてイタリアでも修行した人だった
もはや、素人が保健所の営業許可を取っての開業、とは次元が違う

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これは武蔵小杉のgrand treeにあるワインショップ、enoteca
余りの綺麗な店構えに、どうせ高いと素通りしていた
それが11月第三木曜日、ボジョレーヌーボーが並んでいたので、つい寄った
驚いた、若い女店員、その知識の量、深さ!
アデレードの北Barossa valley、南仏のCote du rhone、Beaujolais villagesはその北の支流ソーヌ川河畔、チリのMontes、皆揃っていた

フランスワインはブレンドの優等生、上品で欠点が無い
対するチリワインの魅力、シングルモルトウイスキーのようにブレンドされて無くて、旨さも粗野さも内包・・・
と言ったら、その店員、チリワインは80パーセントはカルベネなどだが、後はブレンドです、と
驚いた、そんな数字迄出て来るとは

聞けば、チリにも、アデレードにも行き、勉強し、ソムリエの資格を持ち、イギリスのさる協会が認定のバッジも、襟元に光っていた
驚いた、 昔の酒屋の店員とは、もはや世界が違っていた

失われた20年と云う、成熟社会とも言う
よく見れば、その他身近な職種で増えた 高学歴の社員と人材、修士どころかマスタードクターも珍しくなくなった
私が知らないだけで、世の中は音を立てて変わり出している

早稲田祭と、教育と、文明と

早稲田祭に行った
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大ステージを埋めて広がる四五十人の踊り手、赤白黒の衣装がひるがえる、激しく、あざやかな踊り、そしてその音楽の洪水に、爺さんの私は感動のしっぱなしだった
その見事さ、涙が出そうになった
名はあるのだろうか、後でネットを調べたら、踊り侍と、下駄ッパーズと分かった

もう一つ、木陰の間で、男女五六人ほどが歌った、ブンブン、ブブンと、リズムばかりで、ほとんどメロディーが無い、不思議な音楽、それと合わせた、キレッキレの踊りというか動きというか、あれも頭から離れない
調べたら、あれがアカペラなる物、と

何れも感動した、その芸、プロ並みなのだ
現に、日本各地で活動、公演していた
それから数日、あの洗練度、極み、頭から離れなかった
田舎の掘っ立て小屋で一人、畑を耕すのとは距離があり過ぎた

そしてぼんやり「集まり」では、と思った
集まる若者、集まる情報、集まる技術、集まる知性、そこで働く、競争原理、急速にいや増し、極まる高み

私は教育が、分からない、騙されたと云う気持ちさえ持っている
我が子の教育に、何の興味も湧かなかった
読み書きそろばんは、分かる、実用だ
論語暗記になると、もう分からない
近代になり、それが自然科学に代わるが、これは実用だ、ノウハウであり、社会対応だ
ただ一つ、学問をすると自分で考える事が出きるようになると、僅かにこれの正しさは分かる

私が分からないと思うのは
教育の裏で、理解力や協調性と云う名で、国と会社に従順な人間を作っている、との思いが一つ
現に共に仕事をするに、教育の無い人は正に自由奔放、勝手気まま、作業は愚か、厳守時間さえままならない
その人の脳裏に経営者とか勤め人とかは、存在していない
私はあの時、教育に洗われた自分の脳を知った

もう一つ、教育と云う名のもとで行われているのは、身分制度の再生産では無いかと
人が人を公明正大に搾取する、合法手段の気がする
士農工商が大学に変わっただけ、ではと
私の教育への不信感は、そこら辺に在る

唯それで百パーセント納得し切れたか、それが分からなかった
それが今回の、早稲田祭だった
繰り返すが、「集まる若者、集まる情報、集まる技術、集まる知性、そこで働く、競争原理、急速にいや増し、極まる高み」
これで深く、心から、納得出来た気がした

話は飛ぶ、急転直下、文明の起源説だ
エジプトなどの4大文明では、まず大きな川のそばの肥沃な土地に人々が定住し、農業が始まったとされている
人口が増えて街ができ、王が生まれる
その権威の象徴として、ピラミッドなどの建造物が造られたと考えられてきた
学校でこの話を聞いて、私の脳細胞は反応した事が無い

杉山三郎氏は云う
先ず知恵者が現れ、雨季と乾季の始まりを知る小さなピラミッド、その角度が雨季や乾季の始まりを太陽の方角に合わせ、農耕にとって最大の情報を提供した
人は情報を求めて集り、且つ人口集中の生活の利便が得られた
知恵者とは神であり、情報は宗教となったと

私の脳細胞は激しく反応する
これは早稲田祭と、同じでは無いか
情報と利便性を求めて、人が集まり、都市ができる
自身の行動規範をさて置いて、何故古代人に別の規範を求めるか!?

Blue bottle coffee、遂に迫った!、追い越した?

長かった・・・

最初、表参道のBlue bottle coffeeに行って、その透明感に感動し、ショックを受けた
それから数年、庭にロケットストーブ、自家焙煎、ミル調査、淹れ方、湯温
長かった・・・
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今日祐天寺のBlue bottle coffeeに行った、飲んだ、同じだ、同じになった、と思った
気分的には勝った、と思うくらい嬉しかった

浅煎り、挽きは細かめ、湯温は95℃、湯通しは早め・・・

頻尿が、劇的に治癒

年を取るとトイレが近くなるのは仕方がない事だと思っていた
先月末からこの一ヶ月に連日連夜、何度も目が覚めトイレに起きる
最悪は一晩で七回、次が六回、五回と続く
勿論辛いし、殆ど寝た実感がない
加えて、年を取ると体がこわばり、目が覚めても体が動かないのだ
その状態でトイレに行くのは危険を感じ、隣室に尿瓶(に代わる物)を置くようになった
情けなさに、心で泣いた
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これの原因を必死に考えた
就寝前どころか、午後のお茶も絶った
夕食その物の水分も恐れ、夕食を早めた
でも容赦なく、頻尿は襲ってきた
寒さ対策も重要であり、ペットボトルの湯たんぽを工夫したし、電気あんか購入も考えた

答えは意外な所から来た
オーバーパンツだった
上半身を重ね着するだけで無く、下半身も重ね着したのだ
勿論日中の話、日中での防寒対策だ
これは随分あったかい
またズボンだけではなく、靴下も二重にした
そしてこの日から布団にもぐっても、足が冷たいと思わなくなった
勿論、ゆるい靴下一枚は履いている
そしてその晩からピタリと夜尿が消え、目が覚める事無く、朝までぐっすり
熟睡感たっぷりが、こんな幸せな物かと有難く、拝みたい思いだった

ちなみに股引も試したが、ひんやり感が有るのと、膝にまとわり着くわずらわしさがある
そのあったかさもオーバーパンツ程では無かったし、何より股引では夜尿が治らなかった

佐々井秀嶺、一向一揆、大乗仏教

佐々井秀嶺という人がいる、ネットニュースで知った
破天荒な性格で、日本の仏教界に住めず、タイに行くも問題を起こし、逃げるようにインドに
問題は、そのインドではまり、今はインド仏教の頂点に立ったのだ、日本人でありながら
インドでは少数派の仏教徒、その信者を爆発的に増やしたのだ
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インドのカースト制、廃止が叫ばれ法律も出来たが、変わらない
バラモンクシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラは教わった事がある
実はその下に不可触賎民、アウトカーストがある
佐々井秀嶺氏が広めた階層は、これらの人達だった
仏教は、人は平等と教える
ただそれだけでは、人は改宗しない
氏は、アウトカーストから抜け出すのに、教育の重要性を説き学校を作り、人をカーストから世に送った
これを見た不可触賎民は、そこに希望と未来と自由を見たのだ
仏教が一挙に広まった

さて、一向一揆
一言で言えば、一向一揆がこれと同じだったのでは、と
社会制度の破壊であり、身分の対流現象が始まる、新しいイデオロギーだったのだ
鎌倉仏教は、燎原の火となり、たちまち一国を総なめした

もう一つ、大乗仏教
これも同じだったろうと思う
仏教はブッダを離れ、国政となり身分制度となった
これに対する周辺民族の反発が、大乗仏教
大乗仏典は皆、仏弟子の否定がテーマになっている
そして、社会運動、社会改革のイデオロギーとなった

あっという間、初めての店

朝に通りかかった奥さんに、声かけた
午後に、店を開くよ、と

3時にピンポンが
ま〜だ〜、と朝の奥さん
友達まで連れて来た

慌てて出した
目立つビーチパラソル
キャスター付の台に、メークイン、中玉トマト、ミニトマト
自作のA型看板
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添え書きも、書いておいた
私はこれで、アトピーが治ったのだから
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あっという間に、売れた
汗だく、汗だく、滝の汗
補充にてんてこ、脇目も振らず・・・
お金の勘定、そっちのけ・・・

宗教、瞑想、芸術

だんだん形を成して来たが、まだ言葉には遠い・・・
宗教の根幹の話であり、恐らくそれは一つなのだろうが、今の私は便宜的に二つに数えている

一つは宇宙の意思、とでも言うべきものだ
何故人間は存在しているのか、そもそも宇宙は何故存在しているのか、と言う問いだ
とても答の出るものではなく、存在の意志、宇宙の意思、としか思えない世界なのだ
言葉足らずの私だが、五木寛之氏にははっきりした言及があり、氏も信じているので、詳しくは氏の著作を

この方面に指向性が強いのは、キリスト教
総ては神の思し召しだし、天地創造も神だ
仏教は、無い訳ではないが、下記の瞑想に内包されている様に思われる
神道では、畏敬する自然がその役割を担っているのだろうが、極めて浅い

二つ目は、瞑想だ
キリスト教では、この方面は薄い
修道院で垣間見られるが、付随的だ
仏教では、ブッダに強力な指向性がある
これに比べれば、宇宙の意志は、瞑想からの演繹物、と云う雰囲気が漂う
大乗では、仏教をインド周辺民族に適合させるため諸要素を多く取り込み、その分瞑想は埋もれたが、引き継がれてはいる
念仏であり、座禅であり、題目であり、護摩行だ
既に瞑想と云う言葉が使われていない分、ぼやけてはいる

さてこの瞑想は小脳の行為なのだが、その小脳に訴える働きを為すのが、上述の座禅等々の他に、音楽や読経、絵画や掛軸、彫刻や仏像、荒行や修行がある
感動を伴い、小脳に快感と刺激を呼ぶ働きをしている

古代においては、芸術と宗教は不可分だったのではないだろうか?
芸術行為が即、宗教だったのではないだろうか?
芸術は、宗教から分離したのではないだろうか?
因みに現在、宗教から完全に分離独立したのは良かったが、その為方向を失い、盲滅法状態と、私には見える

さて、これを思い出させる事件が、去年起きた、ボブ・ディラン
ノーベル賞が決まったのに、当人は雲隠れした
授賞式にはメッセージを送り、当人は出席しなかった
そのメッセージで、芸術は感動だ、と言っている
感動は、小脳の本性、小脳の快感だと言っているのだ
ボブ・ディランの言う事、ボブ・ディランの心性、同感の念を禁じ得ない

片岡鶴太郎が、離婚

片岡鶴太郎が離婚との記事
芸人から始まり、ボクサー、画家、書家、そして今はヨガに傾倒し、内蔵筋迄動かせる、と

そこ迄突き詰める凝り性、気になる家庭は案の定、妻とは29歳から別居、60を迎え、子が独立し、今回の塾年離婚との事
へぇ〜、と思った、似ているのだ
勿論、私など遠く及ばないが

私は、別荘住まいをしている
田舎住まいは何から何まで、自分でやらなければならない
生産と工夫と、気付きの毎日
植えて育て、それを食べる充足感

一方都会の、金を消費するだけの生活は、私には飢餓感と焦燥感が深まるだけで、生きる実感も満足も無い
自宅には月数回、立ち寄る
庭の手入れだけで、すぐ帰る
人は不思議に思い、質問する
仕方なく答えるのだが、要領を得ない
自分は、おかしいのだろうか?

そう思っていたら、
気が付けば、二軒隣の家
そこのおじさん、家族と離れ、沖縄で一人暮らしだったと、つい最近知った
たまにふらりと、帰って来る
これも似ている、思わずほほえむ

スケールは桁違いだが、北大路魯山人も浮かぶ
傲岸、不遜、美食家、我が道を行き、6度の離婚
人生破綻者、人格破綻者ではあるが、やはり、似ている

そういう人は、居るのだ・・・

台所用天秤ばかり、自作した

台所用の秤、買いに行ったら結構高かった
それに、家にもかつて数台あったが皆壊れた印象がある
そこで、自作した
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ハンガーに、左は網袋にナス、右は醤油のペットボトルの上を切り紐で吊るした
ペットボトルに、釣り合うまで水を入れ、その水をカップで量る
今回は、凡そ2カップ弱、350gと見た

ナスの漬物、キュウリ、たくあん、ラッキョウの漬物や、梅干、梅酒など、皆々その塩や砂糖の分量で失敗して来た
そこで今回の決心に至る事となった

教育は、人質

定年になり、別荘に住み、畑を耕していたら、見えてくる事が幾つかあった
最初に気が付いたのは、そもそも何で働いていたのか、だ

今迄、働き、金を得るのは義務とも当然とも思っていたが、とんでもない間違いだった
自分で畑を耕していれば、生きていけるのだ!
では何故働いたか?
子供を学校にやる為だった、と気が付いた

明治政府は、それまでは現物納付の年貢を、金納の税金に変えた
もう一つ、教育を義務化した
その教育も金であり、物納は出来ない
これで当時国民の九割の、農民の生活が根本から激変した
一揆が江戸時代より増えたのは当然だろう

早く言えば、子供を人質にとり、農民を貨幣経済にぶち込んだのだ
金以外の生活、金以外の自由度を奪い、国民を奴隷にしたのだ
美辞麗句は沢山用意された
四民平等、職業選択の自由・・・
それは確かだが、職業を選ばない自由が消えて無くなった