ondonpiのブログ

山と川の間に迷い込み、掘立小屋で自炊し、猫の額ほどの畑で自給し、大脳と小脳の世界に遊びます・・・

自然農法、長い歴史に幕

長かった・・・
もう40年だろうか・・・

あの時は添加物の事や、野菜の滋味劣化の事、誰も言わなかった
学者や評論家は、近代農業と大規模化と機械化、そして農薬と化学肥料と食品添加物を礼賛した

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驚くのは、農薬と化学肥料が普及する10年程も前に、それを学者が褒めそやし始める10年程も前に、近代農業が生まれてもいない敗戦前夜のその時に、その間違いに気がついた人が現れた事だっだ
その名を、福岡正信と言う
四無主義を引っさげて、現れた
無耕起、無除草、無肥料、無農薬だった
山は、誰も耕さず、誰も草を刈らず、誰も肥料をやらず、誰も農薬をやらない
それであんなに繁茂し豊かなのは何故か、と

天才、神がかりと言っていい
事実彼は後年、哲学に没入して行った
後継者は子の世代、30年程かかって現れた
川口由一、木村秋則、赤峰勝人などの各氏だ
ただ彼らでもまだ、時代は早すぎた
壮絶に戦い、壮絶な人生を歩んでいる
農業で食べていけない事、資本主義と合わない事、回りからの非難と罵声
これらに苦しんだのは良く分かるが、私はもう一つあると思う
四無主義からの離陸、これの暗中模索、これに苦しんだのだ

川口氏は無耕起は継承し、一度作った畝は壊さない
驚くのは、水稲田圃でさえ耕起しない方法を編み出し、その無耕起の徹底ぶり、いまだに唖然呆然!
一方草だが、幼苗時は草を除いている
人間も幼児には手をかけるでしょ、と
或いは鋸鎌の多用が特徴的で、畑一面の草を、その成長点で切り、肥やしとして土に還元する
この肥やしにより、化学肥料のみならず有機堆肥からもフリーになった
つまり無除草は、幼苗を守る意味でNOであり、肥料としてYESを継承した
同時に化学肥料が野菜の成長をいびつにし、これが虫を呼ぶ事を知るのだが、亡骸の草肥やしで化学肥料を絶ち、結果虫や病気からもフリー、つまり無農薬になった
当人は、虫や草を敵としない、と言っている
鋸鎌の除草は、むしるより格段に楽ちんなのに私も驚いた
ただ、広い畑への適応や収益性には限界がある

木村氏は、農薬を絶ち、木を枯らし、万策尽きて絶望し、死のうと向かった山で、その土のかぐわしさを知り、目覚めている
これと同じ土を作ればいいのだ、と
その方法は無除草そのもの、つまり草を刈らず育て、畑に野山を再現するものだった
野菜の苗ではなく、りんごの木だから出来る事だった
ただ氏の偉い所は、土を取り戻す為に自然放置だけでは無く、土を観察し窒素が足りないなら大豆を植える、足りたらやめる、など自然を手足の様に駆使している点だ
つまり目的の土を得るために、自然を操作し、自然を栽培している
無除草と自然栽培で土が出来れば、無肥料と無農薬は簡単に達成できる
無耕起に付いては、福岡氏の反逆児と言っていい
地温が上がらない冷床土を、穴を掘ってまで探し出し、これを重機で掘り破壊している
或いは普通の土地も、乾土効果と言って耕している
経験で知ったので、醗酵には及んでいない
氏の木村興農社は知らずとも、奇跡のりんごを知らない者はいない

さて両氏、三氏の共通点は、感動の人生と波乱の手法で、そのやり方に辿り着いた、と言う所にある
涙無しには聞けないし、ひれ伏す迄に尊敬してやまない
私も七年間、三氏をまねた
三氏以外にも、安曇野の竹内氏、糸川氏もまねた、むさぼるようにまねた
うまく行ったのもあれば、それ程で無いのもある、と思う
ただ、まねた、うまく行った、に疑問を持つ様になった
理由が欲しくなった、通底する原理や真理が欲しくなった
それが分かれば、真似をしなくても自分で歩ける、いや歩きたくなった、と言ってもいい

それが、実は、つい最近、見つかったのだ・・・
糸状菌と放線菌、という物だった
別名、醗酵菌、とも言う
私も料理で、どぶろく、漬物、納豆、味噌、ヨーグルト、パン、ピザを作ったから、青い鳥は自分の足元、自分の手の内にあった事になる
その醗酵と同じ事を、土の中で起こせば良い
これが土作り、と言う事だった
これを知らない人が、無肥料、無農薬、無除草と叫んでいた、と言う事に気が付いた
これに40年もかかったとは、私は何と馬鹿だろう

(この後、近日中に書きます)

この事を教えてくれた人は、吉田俊道氏という
氏の本が冒頭の写真で、主張する土作りと醗酵は、この本が最も詳しい
氏のキャッチコピーは「菌ちゃんふぁーむ」で、もはや自然農法でも、自然農でも、自然栽培でもない
日本人にとって自然とは神であり、自然農法とは神の農法という意味だ
上記三氏は、家族を質に入れ、幽鬼に導かれ、自分の命と人生を、賭場に放り投げた
先を行く人が、居なかったからだ
話し相手は、神しか居なかった
時代は、変わった
吉田氏は何十軒もの有機農家を訪ね歩き、下調べを重ねている
確かに家族も反対し、当初の失敗で退職金をパーにしたが、果実と時代は目の前迄近づき、後は誰が握るか、だけになっていた

さてこの最後の一握りも素晴らしいが、これによってそもそも自然農法とはなんだったのか、逆に近代農業、化学農業とはなんなのか、はたまた江戸時代の農業とはなんなのか、これら全部、実は境が無いのだよ、一つの事なのだよ、と教えて貰った、それが私には嬉しくてたまらない
りんごは落ちるものだ、月や太陽は回るものだ、潮は満ち引きするものだ・・・
これらは皆一つの事だ、とニュートンは言う
古老の言い伝え、農学者の御高説、上述三氏からこぼれる神のお告げ、はたまた万能の液体EM1・・・
これらは皆一つだと言ったら、どう思うだろうか?

[生ごみ土作り]
では、始めよう
台所で出る生ごみを、菌が食べやすいよう小さ目に切り、新しければそのままプランタに入れ混ぜる
この時シャベルで軽く混ぜるのではなく、ブルーシートに空け完全に混ぜる
これは私にも分かる、プランタの中ではかたより、隅っこは湿って腐りだす
トロ舟でもうまくは混ざらない
最良はやはりブルーシートでの切り返し、深く納得する
この時湿り気を観察し、程よい湿気を補給し、乾き過ぎの菌消滅と、水濡れの腐敗反転は、厳に避ける
もう一つ私が心がけている事に、野菜くずは半日一日干してから使う事、これでまず腐敗は防げる
さてそうなると、これを毎日の撹拌作業では、続くものではない

[ぼかし、米糠、EM1]
数日なら、タッパかビニール袋に、生ゴミにぼかしやEM1や米糠をまぶしてシェイクして、保管する
これでブルーシートで混ぜる仕事が、週二回に減る
ここで現れたEM1だが、スプレーに詰め替えて吹きかけると楽ちん
これに気が付く迄、私も長く、立ち往生していた
魔法の液体と思われているEM1だが、基本は醗酵菌の濃縮液であり醗酵促進剤だ
酵母菌や麹菌のように固形や粉末より使いやすく、変質を恐れ気遣う事も無い、応用範囲は広がった
それをスプレーにすれば気体のように使え、もっと応用が広がる
これが世を席巻したのは、液体という発想の転換ではないだろうか
次のぼかしに付記すれば
糠15kg、水2L、黒砂糖20g、EM20ccを混ぜ、小分けして使えるよう小さなビニール袋に詰め、密閉し、プラ缶などに積み込み保管、つまり嫌気性醗酵
大袋だと、口を開けて少しづつ取り出す事になるが、この時空気に触れ腐敗する

[密閉容器]
勤めを持っている人や、畑が大きい人は、それでも忙しい
ペール缶ほどの密閉容器で、1ヶ月くらい溜める方法がある
勿論ぼかしやEM1をまぶして入れるが、混ぜたりシェイクしたりせず、積み込んで密閉するだけ
やり方はタッパと多少異なるが、その理由、今の私には不明、嫌気性醗酵だと思うが
それるが似て非なるものに、役所が勧めるコンポストがある
激しい腐敗臭、直感と役所、どちらを信じますか?
さてタッパも密閉容器もその匂い、漬物と同じ物が出来上がる
これをプランタの土に混ぜて切り返す
どの方法でも、土の三分の一の量になったら投入終了、次の段階に進む
と言っても、混ぜ込み完了後、半週間、一週間、二週間目に、混ぜて切り返す
雨に当たらない事、冬ならシートや覆いで保温する事、最後の切替後、一ヶ月の熟成期間で完成、野菜を植える

[コンポスト堆肥]
コンポスト堆肥はご存じだろうか
ネットで賑わっているので、最初私もやった
山から土を持ち、米糠を混ぜてダンボールに入れた
野菜くずなどは入れなかったが、白い菌糸で覆われ感動した
ただそれも暫くで、じきに黒や緑色の菌糸に取って代わられ、見るからに毒々しく嫌になった
分からなかったのは、こんな少量、なんで堆肥になるのか、という事だった
また本当は土でなく、竹チップや腐葉土を基材に使うらしい、ますます分からなかった

[濃縮堆肥]
吉田氏の言う濃縮堆肥は、このコンポストと同じ物だった
お陰でコンポストの疑問が解けた
先ず基材は土でOK、器がダンボールだから竹チップや腐葉土を使うだけの事
そして肝は、生ゴミ堆肥と同じだが、土の三分の一量を超えて生ゴミを追加して行き、非常に濃厚な堆肥に仕上げる
濃厚だから、元肥に少し、追肥に少し、或いは土作りが間に合わなかった畝やプランタに、後から加える堆肥、との事だった
ちなみに腐葉土とは、生ゴミとは別の醗酵菌が働くとの事で、葉っぱを積み上げシートで覆い何年もかかる、別の醗酵形態らしい

[漬物堆肥]
米糠と塩を満たした漬物桶に、野菜くずを入れて加え、本当の漬物を作る
野菜だけでなく、切った草でもいい
完全に熟成した物を、畑の畝に埋め土をかぶせ、シートで雨よけと保温、これを熟成1ヶ月
畑に使う場合はその量は莫大で、氏の著書の写真では小屋に漬物桶が数十個、の壮観が現出する
不思議なのは、畑に塩を撒けば塩害が発生するが、醗酵漬物では塩害は出ない

[放棄地]
さて様々に述べてきた生ごみ堆肥、吉田氏の主張は醗酵にある事、感じられたかと思う
問題は、プランタや家庭菜園ならいざ知らず、半反、一反、或いは吉田氏の菌ちゃんふぁーむ六反なら、家庭からの生ごみでは到底足りない
私もスーパーで聞いたが、キャベツの葉ぐらいだった
捌いた魚のくずは、飼料業者が既に引き取っていた

さてその畑を始めるには二種類ある、放棄地と耕作地だ
私が預かった五畝の畑は二十年間放置され、草は背丈を超え、向こうが見えなかった
刈払機があんなにも疲れるものとは知らなかったし、刈り終わって見渡せば、西部開拓史かと、嬉しさに涙がにじんだ
刈り終わって耕し始めたら、今度は根っこだ
クズ、ノイバラは深くて頑固、ススキは巨大、つるはし振りの毎日だった
今となっては二度と戻らぬ青春?、六十を過ぎての青春だった
吉田氏は、刈り倒したら、次に生える草を数回刈って根を弱らせ、しかる後に米糠を振って草を鋤き込み耕し、発酵の為数回耕し、熟成期間を取る、と
勿論、生ごみ堆肥も追加する
思い出せば私は二つ、間違えている
先ず生える草を、数回刈っていれば根が弱り、つるはしでの根っこ掘りは、もっと楽だったろう、と
次に、刈った草は鋤き込まず、堆肥枠を作りこれに積んだ
先入観だった、そうするものだと思い込んでいた
当然その後の、醗酵も浄化期間も知らなかった
似た失敗は木村氏もしている
〇〇君が聞いた、「草は鋤き込むのでしょうか、上に置くべきでしょうか」、と
木村氏は、「〇〇君、山ではどうなるかな?」、と
冷床土を重機で破砕し、乾土効果を言う木村氏でも、これが神様の限界だった
間違いではないが、この方法は時間がかかりすぎるのだ、何年もかかる
鋤き込めば醗酵と浄化期間を含めても、短期で次に進めるよ、と言うべきだと思う
もう一人、川口氏のやり方は、草刈りだけを継続する、という方法、方向に進んだもの、と言える
一致するのは、土に有機物を戻し醗酵菌を育てる事、違いは醗酵をコントロールする手法と方法だ

[耕作地]
それから数年後、隣の人がやめたので、その畑五畝を引き継いだ、合わせて一反になった
驚いた、土地が痩せているのに
春になり私の畝はハコベにびっしり覆われるのに、その畑は不気味に裸、白骨死体を見る思いがした
当人は、無農薬でやっているから俺の白菜は虫がいるぞと自慢していたが、本当に無化学肥料なら虫は来ない
私は黙っていたが、苦土石灰や化学肥料の袋が散乱し、草を嫌いビニールマルチで通年覆い、農薬も不織布トンネルをめくりながら撒いているのは知っていた
その畑から軽トラ一台分のビニールマルチが出土した
少しだから、ちょっとだけだから無農薬だ、と言う論理だ
これ実は世に多い、注意が必要だ
減農薬はまだ、正直な方だ
さてこれを生き返らせるには、原野に戻し雑草に土壌改良を頼むのが最良だが、五年十年かかる
この方法をとったのが、木村氏だ
そのりんご畑に山野を復元して、醗酵菌の復活を図った
吉田氏の方法は、生えてくる草だけでは足りないので別途大量の草を集め、30cmの厚さに積み、同時に生ごみ堆肥を施し、数ヵ月後草がつぶれたら、耕し鋤き込み、浄化を待つ、と
これなら翌年から野菜が作れる
この時の問題は、草の収集だ
私の自然農法が行き詰まったのは、草の確保だった
自分の畑が産する草では足りなかった
糸川氏の草はつりを続ければ、畑はどんどんむき出しになり、激しい違和感を覚えた
今は土地が区画し尽くされ、草刈り場も入会地もない
三圃農業のように土地を分け、休ませ草地を回転させるしかないか、と真剣に思う

[化学農業と自然農法]
似た現象は、園芸店の土だ
これは草と菌を殺して消毒し、代わりに化学肥料が入っている
草が生えたり、育ちが悪いと、客が苦情を言う
と言うより、戦後日本は一直線にこの道を突っ走って来た
昔からの堆肥作りや糞尿は、嫌われ物だった
化学肥料は楽できれいで、早く良く効き、優劣は明らかだった
加えて、野菜は大きく、色良く、形良く、粒揃い、築地好みの野菜になって、普通の野菜は暴落し、一人残らず化学肥料になった
もう一つ、つらい草取り作業だが、黒ビニールマルチで畑から草が消えた
それどころかハウスで土を消毒し、化学肥料だけで育てられた、草一本無い

ところが同時進行で病気と虫が蔓延し、農薬が不可欠、否、農薬漬けになった
小数の人達だが、野菜から味が消えた、元気が出ない、アトピーが増えた、肥満が増えたなど、気付き始めた
私も畑のトマトを頬ばったとき、ほっぺが突き破られたかと思った
今のトマトは、別物に成り果てた
また野生のウド、その芽を摘み、ただの酢醤油で食べた時、体中の細胞が泡立つのを感じた
全細胞が、これだこれだと一斉に叫んでいるのが分かった
農協も、化学肥料と農薬と機械で儲かると変質した
農家の互助組織だったのに我を忘れ、農家を銭儲けの鴨葱にした
これら農業と化学と世間に、一人で反旗を翻したのが、福岡氏であり、自然農法だった
その溝は、とてつもなく深く暗く、勝てる相手ではなかった

さてすべての発端は、化学肥料にある
まず窒素、燐、カリを土に入れたとしよう
化学肥料は無機物なので、醗酵菌の餌にはならない
加えて篤農家が草をむしり、惰農家がマルチを覆えば、餌の有機物は絶たれ、その土から醗酵菌は逃げる
そうすると、醗酵菌が有機物を分解して得られる、たくさんのミネラルや微量元素や他の栄養素も供給されない
野菜から味が消えたのは、このせいだ
次に、極端な栄養の偏りで育つ野菜は、かたわに育ち、病弱になる
つまり病気や害虫の、格好の標的になる
これを殺す農薬が必要になるのは、この為だ
つまり化学肥料と農薬は、ペアなのだ
学者と会社は、原因の化学肥料を作って金を儲け、治療の農薬を売って儲け、往復ビンタで儲けている
更にこの病弱は細胞レベルでもそうで、健全な細胞膜が形成されない
野菜の腐敗実験で、化学肥料は腐り、自然野菜はしなびるだけで腐らない、というのはこれに依る
私が化学農業も自然農法も一つと言うのは、醗酵菌の作用不作用で、一義的に説明可能だという意味だ
蛇足だが、川口氏の自然農も、木村氏の自然栽培も、醗酵を促す方向は一緒で、それをコントロールする手法の違いだと思う

[草堆肥]
新規の畑は上のようだが、持続する畑の施肥は草堆肥がその一つで、一般的
雑草を畑一面に入れ、枯らし、浅く鋤き込み、これを数回繰り返して醗酵を促す
一ヶ月後には、草が植えられる

[畝で堆肥]
時間がある場合は、もっとしっかり発酵させる方法がある
大きな広い畝上に、平米5kgの雑草を積み、更にその上に泥をかけ、て黒マルチで覆う
かまぼこ型ではあるが、まんじゅうを思えばいい、中にあんこ、つまり草が詰まっている
2ヶ月で使用開始

[畝で草マルチ]
野菜を植えてからの後付けの堆肥として、草マルチがある
野菜の顔だけ出して、畝全体に草を積む
これは木でも使える、と言うか木は植えたら土はもういじれなくなる
効果は遅いし少ないが、草を抑えられるのが有り難い

[雑草堆肥]
草を畑に運ばず、その場で堆肥にしてしまう
草なら乾いてない草を、落ち葉なら水を加えながら、米糠やぼかしを振り、踏み込みながら積み上げ、ブルーシートで覆う
3ヶ月で切り返し、6ヶ月で完成
肥料としても、濃厚堆肥の基材として使える

[燻炭]
肥料ではないが、私は籾殻で燻炭をよく作った
燻炭煙突は、ホームセンターで2千円ほど
これは醗酵菌の住処になるらしい
肥料と違い住処だから、無くなるものではない
そのアルカリも相まって効果抜群、初めてそこに植えたのがじゃが芋だったが、大玉がそろってびっくりした、他はビー玉だったのに

吉田氏の主張、醗酵菌が作る土と肥料、何から何まで深く腑に落ちます
それどころか、ばらばらの知識、断片化した知識、40年の疑問、これらが一つ残らず統一され、嬉しくてたまりません
吉田氏に深く、感謝申し上げる次第です
ありがとう、ございました